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短編小説『誤算』

「先生、私は早押しには反対です」
クラスでいちばん活発な早苗が手を挙げて言った。

「早押しクイズは知識の豊富さとは関係のない反射神経が勝負を左右するので不公平だと思います。見ている人からしたら、そのほうが面白いのかもしれませんが、出場する人にしてみたら、せっかく博識で最後まで問題を聞けば簡単にわかる問題なのに、ボタンを押すのが遅いってだけでそのクイズに参加することさえできなくなるのはいかがなものでしょうか!私はエンターテインメント性よりも、平等性を重視し、早押しは廃止すべきだと思います!」

力強い早苗の演説が終わるとクラスは万雷の拍手に包まれた。早苗は発言し終えたあと、着席するまでの間に詩織のほうに目をやり、「言ってやったわよ!」とばかりに微笑みかけた。その隣では早苗が想いを寄せる晴彦くんも笑っている。

言葉にせずとも、担任の廣瀬は真田早苗の発言の意図をよくわかっていた。今回クラス代表で文化祭のクイズ大会に出場する長谷川詩織は、B組でいちばんの「かしこ」であるが、いかんせん、運動が苦手であり、絵を描くのも、工作も裁縫も料理もとにかく手際が悪いため、時間までに完成させることができない。どんくさいのだ。しかし、どんくさい分、粘り強く、一つ一つの作業には丁寧に取り組むため、いくらでも時間をかけられる夏休みの宿題などの場合、とんでもない力作を作り上げてくる。自由研究では庭の蟻を観察し続け、「蟻は必ず左足の2本目から歩き出す」ということを確認した。長谷川詩織にとって、あらゆる活動について、ネックになるのは時間との戦いなのだ。

真田早苗の意見は文化祭実行委員会で検討され、無事に採用された。一報を聞いた早苗は両手を挙げて小躍りして喜び、颯爽と詩織のもとへ駆け、詩織の背中をパチーン!と叩き、「しおりん!やったね!」と喜びを分かち合った。

精一杯の笑顔で返した詩織であったが、内心はといえば「早苗のアホが余計なことをしくさりよって」と、込み上げる怒りをなんとか抑え込み、目の下がピクピクと引き攣るのを堪え、必死に愛想笑いを作っていた。

クイズ大会が開催されることとなり、クラス随一の「かしこ」の詩織が出場者に選ばれるのは自然な流れであったが、詩織は学校の勉強について「かしこ」なだけであり、クイズのような幅広い知識が問われるものについて、できる自信は全くない。人前に出るのも苦手である。ところが幸い、クイズの形式が「早押し」であるから、それなら、もし1問も正解できなくとも、「早押し」というシステムを敗因にできると考えたからこそ、出場を快諾したのである。

詩織は逃げ道を失ったまま、クイズ当日を迎えた。真田早苗は詩織の勇姿を最前列で見守った。隣には晴彦くんがいる。早苗が誘ったらしい。1問目、誤答。2問目、誤答。3問目、誤答。みるみるうちに早苗の表情が曇り、やがて敵意を剥き出しにして詩織を睨みつけた。

デデン!
さて、ここで問題。この時の長谷川詩織の思いとして最も適切なのは次のうちどれでしょう。

1少しでも正解して挽回しなければ!
2早苗ちゃんほんまに鬱陶しいわ
3どれだけ睨んだってあんたの好きな晴彦はワタシのものやで

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