短編小説『音楽は不要不急じゃない!』
「音楽が不要不急と言われるような時代になろうとは思いもよらなかった。こんな時代だからこそ、今一度、音楽の持つ力を皆さんと共に確かめていきたいと思います!」
サティー・ミュージック・エンターテインメントの新しい代表としてやってきた竹岡が、就任のご挨拶を述べたのが、今思えば、すべての始まりであり、すべての終焉への号砲だった。
それはちょうど、俺たち、カサブランカモーションが新曲を完成させ、あとはリリースを待つのみというタイミングであった。代表就任早々ということもあり、やる気に満ちた竹岡が、俺たちの新曲のチェックをしたいということだった。
「僕はね。音楽が不要不急だなんて思っちゃいないんだ。ただ、不要不急な音楽はあるって思ってる。ここにいるみんなは、僕のことを音楽を知らない素人とバカにしてる。ああ、確かに僕は君たちよりも音楽に関する知識は少ないかもしれない。しかし考えてもみてくれ。君たちの作り上げる音楽を聴くのは誰だ?君たちみたいな音楽の専門家ばかりなのか?違うだろう。音楽を聴くのは僕と同じ素人だよ。その意味では、僕のほうが君たちよりも遥かに聴取者に近いわけだな」
そう言って竹岡は俺たちが完成させたばかりの新曲「悲しみのdelicacy」を聴いた。ヘッドフォンで聴いた。
3分30秒を過ぎた時、竹岡はかなりでかい声で「長いな」と言った。本人はつぶやいている風であったが、大音量をヘッドフォンで聴いているため、本人が思っているより大声になっているらしい。全て聴き終えたあと、竹岡が話し始める。
「長い。長いな。5分越えるのは長い。ただ、悪い曲ではないから、クオリティをそのままに尺を短くしよう」
竹岡の話は続く。
「僕が最初に長いなーって感じたのが3分半くらいのときだった。ストップウォッチで確認してるから間違いない。長いと思った矢先、誰のためなのかよくわからない自己満足風のギターソロがはじまった。カサブランカモーションの曲は僕もこれまでリリースされてる全ての楽曲を聴いたけど、しょーじき、このギターソロが全く必要ないなと思ってたんだ。削っても曲として成り立つよな」
さすがに俺はキレそうになったが、サティー・ミュージック・エンターテインメントでは、代表に物申すことは許されない。しかし!しかし!俺は禁忌を侵してまでも、なんとか気持ちを抑えながら反論を試みた。
「そうは言いましても、このギターソロこそが俺たちカサブランカモーションの曲の要なんですよ。実際ライブで一番盛り上がるのは、ギターソロの部分だから歌ってる俺も複雑なくらいで」
「言いたいことはわかるが、しかし。カサブランカモーションの客に好評でも、その客って日本の人口のうちの何%かな。その数%を満足させたいがために残り99%を捨てているのがこのギターソロだと僕には思えるな」
数%と言いながら、その「数」は1だったことがすぐにわかった。
「さっきも言った通り、全ての音楽が不要不急なわけじゃない。ただ、ギターソロに関しては不要不急でしかない。まずギターソロを全てカットしよう。あと、ずっと疑問に思ってることがあるのだが、この際だからいいかな」
もう、竹岡の中ではギターソロ問題が解決してしまった。この流れではもはや、ギターソロはカットするしかない。疑問とは何なのだろうか。
「僕はずっとわからないことがあって、僕の周りでもわからないくせにわかったフリをしている連中が非常に多いんだけれども、君たちカサブランカモーションのメンバー構成を聞かせてくれ」
「ヴォーカルが俺で、ギターはYOSHIHARU、ベースがTAMEKICHIでドラムがMITSUGUです」
急に何を言い出すのか、よくわからなかったが、俺は正直に答えた。
「そう、その4人だね。僕がわからないのはベースなんだ。今もヘッドフォンで聴いてみたわけだけど、ベースってのはどの音か、全くわからない。音楽は不要不急でないと思うが、ベースは不要不急ではないかな。君たちには4人分の給料が支払われてるわけだが、よく聴こえない音しか鳴らさないベースを無くしてしまえば、人件費は4分の3になるし、必要のない音が省かれて音そのものはシンプルで聴きやすくなるし、どうだろうね。ベースは無くしてしまってもいいんじゃないかね」
ああ、なんということだ。カサブランカモーションは俺NORIOとTAMEKICHIが結成したバンドである。まさか、天下のサティー・ミュージック・エンターテインメントの音楽部門代表にベースの音が聴き分けられない人間が就任するとは!!しかし、残念なことにサティー・ミュージック・エンターテインメントでは代表に対して物申すことはご法度である。代表こそが全て。ALL YOU NEED IS代表。代表が全てさ今こそ誓うよ。下の人間は代表の意向に反対することも、意見することさえも許されないのだ。こちらが何も意見しないことを確認した代表は次から次へと注文してきた。それは注文という名の命令であった。
「サビを聴かせたいならサビで始めようよ。イントロなんか不要不急の極みだし、サビで始められるならAメロもBメロも不要不急だよね」
「歌詞にメッセージ性とか、別に要らないでしょう。どうせ歌詞カードが無いと何言ってるかわからないんだから、歌詞なんて無ければ歌詞カードも必要ないんだからさ」
「うんうん、最初からサビなら、この際、それで完結してしまおう。特別メロディの起伏も不要不急だから、テキトーに叫んでおけばいいだろう」
「そうそう。もともと5分もあった曲がこれで15秒になった。削った4分45秒はこのまま捨ててしまったら食品ロスならぬ楽曲ロスになるから、全部15秒の曲にしてしまおう」
「おお!4分45秒分、15秒ずつの曲に仕上げたら20曲できたじゃないか!すばらしい!20曲入りトータル5分のアルバムの完成だ。NORIOくん、今、音楽は不要不急ではなくなったぞ!」
竹岡1人が喜んでいた。俺たちには到底納得のいくものではなかったが、竹岡は代表である。こちらから意見はできないが、せめて話だけは聞いて欲しかったため、思い切って提案してみた。
「その件なんですが、もう少し、ちゃんと話し合ったほうがよいと思うのです。盆休み明けの週末とか、ご都合いかがでしょうか」
「盆休み明けの週末?そんなもの、ダメに決まってるじゃないか!」
思いのほか、竹岡が怒りを露にしたので驚いた。
「あ、ごめんなさい。週末は何か予定がありましたか」
「君は音楽人の風上にもおけないな。当たり前じゃないか!音楽に携わる者の義務として、私はフジロックへ行く」
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