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枳殻亭までお願いします

東本願寺の飛地境内地「渉成園」のライトアップへ行ってきました。四条烏丸からタクシーで向かいます。運転手さんに「渉成園までお願いします」と言うと「は?」という反応。「おや?渉成園ってそんなに有名ではないのか?」と一瞬思ったのですが、すぐに理由がわかりました。「すみません、枳殻亭(きこくてい)までお願いします」と伝えると「あ〜、はいはい。じゃあ、東洞院を下がっていきますね」と合点がいったようです。

枳殻(きこく)とはカラタチのことです。THE BOOMの「からたち野道」という歌が好きなのでたまたま知っていたのですが、このカラタチが周囲に植えられていたことから渉成園は「枳殻亭」の名で親しまれていて、この通称のほうが有名なんですね。「渉成園までお願いします」というのは、三十三間堂へ行くのに「蓮華王院までお願いします」と言うのと同じで、人によるとひょっとしたら「なんやねん、京都通ぶりやがって。枳殻亭って言うたらええやんけ」くらい思われてしまうかもしれません。あの運転手さんもそんなことを考えていたのかもしれません。知らんけど。いまでは枳殻なんてほんの少しだけしか植えられていないので、通称だけが生き残っているわけですね。

徳川家光から寄進され、石川丈山の趣向を入れた作庭がなされたお庭は、庭師の太田さんが思いを込めて管理しています。庭師の太田さんのことはどこまで書いていいのかわからないので、庭師の太田さんとだけ書いておきますが、とにかく、この太田さんが、東本願寺の教えにも寄り添いながら、外来種を駆除することなく、そこに生きるあらゆる生物、木々や草花、虫や魚にいたるまでが心地よく生きていけるような庭作りを心掛けておられます。そのうえ、虫の鳴き声が我々人間にとって騒音にならず、気持ちよく聞こえるよう、虫たちが一箇所に集まるような工夫までされています。庭師の太田さんは実に素晴らしい方です。太田さんのお話を聞いたおかげで、庭園とは管理者の哲学によって、我々の心に響くものになったり、つまらないものになったりするのだとわかりました。考えてみれば、ラジオ番組だって裏方たるスタッフのやる気によって面白くなったりそうじゃなくなったりするのですから、お庭だってそうですよね。

そんな庭師の太田さんのお話を聞いたあとで足を運んだ渉成園のライトアップは、静かな園内から虫の音が聞こえれば、生き物たちの営みに想いを馳せ、その虫たちが快適に暮らしているという、池に浮かぶ南大島を眺めてみれば、澄んだ水面に対照に映し出された南大島の美しさにもうっとりしてしまうのでした。数年前にも同じ渉成園のライトアップを見に行ったことがあるのですが、その時にはこんなに美しい水鏡に全く気づきませんでした。庭師の太田さんに南大島の虫たちのことを聞いていたから、今回はあの絶景に出合えたわけです。

「知っている」ということが、如何に人を豊かにするかということを実感した次第です。知らなければ出合うことさえできません。インターネットで検索すれば、なんでも答えが出てくる世の中だといいますが、実際便利なものであり、恩恵を受けていることは間違いないんですけれど、その世界というのは、たいして大きくも広くもなく、ちっぽけな僕たちは楽に知識を得ようとして、そこにすがりがちになりますが、結局、あらかじめ知識を持っておかないと、ネットもあまり役に立ちません。知ることによって、知らなかった世界に入ることができ、またさらに知らないものを知ることになり、その扉を開ければまた知らない世界を知ることになり、そういうチャンスをともすれば、自ら閉ざしがちになったりしますが、それは実にもったいないことです。我々はそのもったいないことに目を背け、「知らないこと」をステータスにしたがることが多々あります。

先日読み終えた乗代雄介さんの『皆のあらばしり』に出てくる実にカッコいい関西弁のおっさんが「この世はな、知らんことには、自分が知らんという理由だけで興味を持たれへん。それを開き直るような間抜けで埋め尽くされとんねん」と言っていました。私は間抜けにはなりたくないな、と思いました。

思えば枳殻亭のくだりにしても、つい先日、別の方に教えてもらって知ったことでした。
先に書いた『皆のあらばしり』の関西弁のおっさんは「学問とは乞食袋の如きもの」「なんでも取り込んで後で選りわけろっちゅうことやがな」とも言っています。

そういうのを大事にしながら、人生を豊かにしていきたいものです。

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