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短編小説『責任者をさがせ!』

二児を育てるシングルマザーです。お昼はエフエム京極という地元のFM局でDJとして喋っています。これでもお昼の帯番組を担当しています。本名では活動しておりませんし、幸いラジオなのでSNS全盛の今でも、顔出しはほぼ無しでやっておりますが、保育園では何人かのママさんに声でバレてしまうことがあり、ラジオの影響力はまだまだ侮れません。

「ここでロイヤルコンチェルンホテル京極からのお知らせです。ロイヤルコンチェルンホテル京極地下1階のレストラン『クレメンタイン』では現在、シェフ芳松お手製の極上フレンチ・ランチコースが、なんと!お一人あたり5000円でお楽しみいただけるサービスを実施中です!一流シェフによるフレンチのコースが5000円!これはお得ですねー。またとない機会、是非お出かけくださいね」


radikoのタイムフリー機能で、昨日の放送を聴いてみたのは、私がエフエム京極で喋っていることを知っている遠藤さんが話しかけてきたからです。「山際さん、お昼にホテルのフレンチなんか食べてんねんなー」

遠藤さんの目は笑っていませんでした。敵意を剥き出しにしていました。「華やかな世界にいる人は違うねんね、それは別にええんやけど、じゃあ、なんで保育園に子供預けてんの?ランチに5000円かけるくらいなら、子供の面倒もっと見てあげたらええのに、子供ちゃんがかわいそー」

遠藤さんが実際にそう言ってきたわけではありませんが、遠藤さんの目は私にそのようなことを語りかけていました。それは、遠藤さんの目を経由した私自身の思いだったに違いありません。私だってお昼に5000円のフレンチなんて食べられるはずがありません。それでも私の仕事は与えられた原稿を読むことです。5000円のフレンチが「お得」と原稿に書かれているなら、そのように読むのが私の仕事です。しかし、本当に5000円のフレンチが「お得」だと思ってロイヤルコンチェルンホテル京極に出かける人がいるのでしょうか。シェフ芳松のこともよく知らないし、「シェフ芳松」で検索しても『クレメンタイン』のことしか出てきません。テーブルを彩る豪華フレンチは、確かに美味しそうだし、実際美味しいのでしょう。しかし、一食あたりの食費を300円以内に抑え、時にはよく食べる子らのために一食カットすることさえある家計を司る女にとって、5000円のフレンチを「お得」だと伝えるのは屈辱でしかなく、そのうえ、その屈辱的放送を同じ園に通わせている女に聴かれたうえに敵意を剥き出しにされたのです。

ラジオDJというのは、公共の電波に乗せて堂々とウソをつくのが仕事なんでしょうか。
「ああ、あれは、そういう風に紹介してくださいって言われてるんですよ。あんな高いフレンチ、いくらお得だとしても私には無理無理」と軽薄に返すくらいでよいのでしょうか。遠藤さんが、本当にラジオDJが真実を話していると信じているのならば、その軽薄さはラジオの信頼を地に貶めるものではないでしょうか。いいえ、それ以前に私はウソを付いていますから、そのことが既に裏切りといえるのではないでしょうか。いまどきメディアの発信していることを鵜呑みにする受信者が頭おかしいと開き直ればよいのでしょうか。いっそのこと、苦しい台所事情のなか、無理やりにでもロイヤルコンチェルンホテル京極地下一階のレストラン『クレメンタイン』で5000円のランチコースを食べに行ってやろうかしら。

だいたい私はディレクターの涌井に言ったんですよ。「さすがに5000円のランチをお得って言うのは抵抗感があるわ」
そうしたら涌井が「いやー、これは、こうやって紹介してくださいって言われているから僕らもどうすることもできないんですよ」
自分は悪くない、自分もどちらかといえば、あなたの味方なんだけれども、自分の身分ではどうすることもできないんです、と責任を転嫁するのか放棄するのか、とにかく、同情をしてくれるだけで、あとは何もしてくれないのです。

このボンクラに何を言っても無駄なので、エフエム京極のロイヤルコンチェルンホテル京極の営業担当の古田に問うてみたところ、「いやー、これは、こうやって紹介してくださいって言われているから僕らもどうすることもできないんですよ」
自分は悪くない、自分もどちらかといえば、あなたの味方なんだけれども、自分の身分ではどうすることもできないんです、と責任を転嫁するのか放棄するのか、とにかく、同情をしてくれるだけで、あとは何もしてくれないのです。

古田、おまえもか。
そこで番組プロデューサーの柴崎に聞いてみることにしたのだが、「いやー、これは、こうやって紹介してくださいって言われているから僕らもどうすることもできないんですよ」
自分は悪くない、自分もどちらかといえば、あなたの味方なんだけれども、自分の身分ではどうすることもできないんです、と責任を転嫁するのか放棄するのか、とにかく、同情をしてくれるだけで、あとは何もしてくれないのです。

私は責任者を探す旅に出ることにしました。雨上がりの空に虹が架かっています。ポンコツの涌井が言うには、あの虹の向こう側に責任者が待ち構えているらしい。
「ほんまに行かはるんですか?」
「そうせな、しゃあないやんか」
「でも、僕も行ったことないですけど、だいぶと遠いみたいですよ」
「見たことはあるの?」
「いやぁ、存在だけは知ってるんですけどね」
「古田さんも柴崎さんも知らんのかな」
「たぶん知らんと思いますわ」
「そいつはほんまに責任者なん?」
「そうしておけば丸くおさまるとは聞いてます」
「探すのも一苦労やな」
「探偵でも雇いますか」
「でもお高いんでしょ?」
「それが今なら特別価格!普段なら5万円のところを、なんと!今なら5000円!5000円でお申し込みいただけます!」
「あほな。5000円あったら『クレメンタイン』でランチ食うがな」
「っていう気持ちで喋ってみるのも悪くないかもしれませんね!」

責任者がどこにいるのかは誰も知らない。

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