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短編小説『人生の集大成といえる案件』

令和4年8月30日

 11月にどうしても外せない、休んではならない案件が入った。これまでの人生の集大成ともいえる案件だ。現在、その案件に向けて、それだけのために生きていると言っていい。オレの人生を賭けている。子供の頃、よくつまらないことで命を賭けたり一生のお願いをしたりしたものだが、今のオレの強い思いというのは、まさに命を賭してというに相応しい。これまでいろんな仕事をしてきたし、全てに全力投球してきたつもりだが、今回の案件と比べてみたら、どこか生ぬるかったような気がする。今回の案件には、そのくらいの熱量が詰まっている。

 しかし、これだけ熱意を抱き取り組んでいる案件であっても、11月某日、この案件の成果の結実する当日をコロナ陽性で迎えた場合、オレはその場にいることが許されない。いや、濃厚接触者認定されただけでも、自宅から出てはいけなくなるのだ。今が元気でも、11月某日の翌日には、自宅待機が解除されたとしても、その日に現場に居ることができなければ、オレのこの数年の働きは水疱に帰してしまうのだ。やれん。そんなことではやれんではないか。

 やれんオレのような人間のために、大事な日の罹患を防げると噂になっているのが、あらかじめ感染してしまうことができるコロナ発症センターである。民間企業が運営しており、事前予約をすればオレのようにコロナに感染したい人間ばかり集めた貸しスペースで密集密閉密接の空間を作り、そこでストロングゼロ飲み放題の鍋パーティをする。マスク着用は不可。鍋の取り箸は共用で、ストロングゼロを飲む紙コップは3分に1回、隣の参加者と交換する。経費は口止め料金とストロングゼロ代鍋代込みで一人あたり5千円。参加者の口コミによれば、「大事な大事なワンマンライブを必ず成功させたかったから、ワンマンの二週間前に参加して無事感染しました。発症センターがあってよかったです」というミュージシャンらしき書き込みもあったし、オレと似たような動機で参加したやつの声もあった。参加者の口コミを確認するまでもなく、オレは11月某日の二週間前に予約をした。

 京都を拠点に活動している椿山三郎の活動30年を記念した磔磔でのワンマンライブが中止になった。コロナの後遺症で喉をやられ、声が出なくなったらしい。キャリアの集大成だと言っていたのにバカなおっさんだな。どうせ酒でも呑んで騒いでたんだろう。

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