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1人目の客になれた話〜高倉錦編〜

 涌井慎です。趣味はオープンしたお店の1人目の客になることです。趣味と書いているからにはこれとは別に仕事があります。仕事をほったらかしにして趣味に走ることはできません。できることならやってしまいたいのですが、それなりに職場で築き上げてきた信頼が一気に崩壊してしまうのは悲しい。他人のそれが崩壊していくのを見るのはジェンガの崩れる瞬間とか黒ヒゲの野郎が樽から飛び跳ねるところとかを見るようでなかなか爽快だったりしますが自分が当事者になるのは避けたいものです。

 というわけで仕事を蔑ろにしてまで趣味に走ることはできないのですが、蔑ろまではいかない蔑れ蔑るくらいならばなんとか調整して趣味に走りたいのが趣味に生きる男のロマン。今日はなんとかそのギリギリの鬩ぎ合いを趣味が制して午前10時に錦市場近くにオープンするわらび餅のお店の1人目の客になるべく四条烏丸を出発したのが9時半でしたが、ジャケットを羽織らず出かけたため、ジャケットのポケットに入れていた財布の無いことに気づき、引き返す時間のロスに私は慌てました。このロスのために1人目の客になれなかったら砂田がろくに活躍せずに京田が3割打ってゴールデングラブ賞まで獲っちゃったときの立浪監督みたいな気分になるじゃあないかと慌てました。四条通りをゆっくり歩くご婦人たちをかき分けて早歩きでお店へ向かう私のことをご婦人たちは、はしたないと思っていたに違いない。「えろう足が速いんどすなー」「そんなに足が速いとすぐ腐りますさかいに頭からサランラップ被せとかなあきませんどすなー」

 急いだおかげでもないかもしれませんが、無事1人目の客として店の前に到着したところで、ちょうど同じタイミングで店内で男性が「よし!仕込み終わった!」と言いました。くるっとこちらへ振り向いたお兄さんと目が合いまして「10時オープンですー」と声を掛けられたのが9時40分前くらい。「待たせてもらってもいいですか」と尋ねると「もちろんオッケーです」と本日の秋空のような爽やかなお返事をいただきました。テイクアウト専門店でお店はそんなに広くありませんが、カウンターの向こうには4人スタッフがおられます。声を掛けてくれたお兄さんがこちらに出てきました。どうやってオープンを知ったんですか、と聞かれたので「実はオープンしたお店の1人目の客になるのを趣味にしていまして」と伝えると、奥の女性スタッフが声を出して笑ったんですが、私の言葉に笑ったのか、隣のスタッフとの会話で笑ったのかはわかりません。ただ、こちらとしては実に気持ちよかったことだけは記しておこう。思い過ごしも恋のうち。

 わらび餅のいい匂いが鼻を刺激します。お兄さんは開店祝いに届いた花輪を店頭にセットするのに手こずっておられたので少しお手伝いしました。「もうオープニングスタッフみたいなもんじゃないですか」と言われて気分は悪くない。やっぱりどこのお店も開店前はバタバタしてますか、と聞かれたので、「まあ、そうですけど、こんな風に話しかけてくださることは滅多にないので嬉しいです」と返しておきました。

 ミルク、いちご、抹茶、京きな粉、むらさき芋、レモン、ピスタチオ、ほうじ茶。最近はわらび餅にもいろんな味があるのです。きな粉と抹茶とミルクを買いました。3種税込880円也。実に爽やかな青年だったので「写真を撮ってもらえませんか」と声を掛けたら快く撮ってくださり、これでまた仕事を頑張れると思いました。欲をいえばお店をバックに撮ってほしかったんですがオープン直後に立て続けにお客さんが来られて忙しそうやったので仕方ありません。女性スタッフの方に「そのTシャツ気合い入ってますねー!」と褒めていただき舞い上がりました。蔑ろにさえしなければ、仕事への活力になるのが趣味なのだ。あらゆることをテキトーにこなしてきた人生ですが、趣味にくらいマジメに取り組みたい。

 令和4年11月19日(土)午前10時過ぎ、高倉錦上ルにオープンした「わらび餅iroiro」の1人目の客は私です。

わらび餅iroiro
本当は向こうから撮ってほしかった


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