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入らなかったらよかった

ずっと前から、ずっと気になっていた定食屋にオレは先日、初めて入店した。どうして気になってるのに入らなかったのかといえば、虫のしらせとしか言いようがない。

思いきって入ってみた瞬間、オレは入店したオレを恨んだ。なぜなら、オレは接客のジジイにおもいきり睨まれたからだ。オレは別に神様ではない。ただの客だ。しかし、ただの客だからといって睨んでもよいのか。

オレは「うどん定食」を注文した。
すると、じじいは注文したオレには目もくれず、厨房へ向かい、奥へ「うどん定食」と小声で告げた。しばらくすると「うどん定食」ができあがった。おだしのいい匂いが、オレを期待させるが、じじいは「うどん定食」を持ってくるときも一言も発さず、やや「ドン!!」という感じで「うどん定食」を置いた。しかし、この「ドン!!」は、それまでに蓄積されたじじいに対する苛立ちがそう感じさせただけで、実際はそれほどでも無かったかもしれない。

「うどん定食」は美味かった。優しく包み込んでくれるお出汁、出汁がしみこみ、ふにゃふにゃのちくわ天、お稲荷さんもほどよく甘く疲れた体を撫でてくれた。

「ごちそうさまでした」と声を掛けると、奥からおばあちゃんが出てきた。作ってるのがおばあちゃんで、おそらく夫婦なのだろう。

この寡黙極まりない旦那は、あなたにはちゃんと、いろんなことを話してくれているのかい?

オレが帰ったあと、オレが平らげた「うどん定食」の丼鉢や皿を片付けながら「なんか髪の毛の縮れた変なお客さんやったな」とか、話してくれるのかい?無愛想なのは客に対してだけなのかい?

おばあちゃん、あなたが幸せならオレはそれでいいんだけども、接客してくれる人が、最後までオレに対して一言も発さなかったのは初めてやったわ。

店を出たら軒先でコオロギが干からびていた。たぶん、オレに知らせてくれた虫だったと思う。オレだけ生き延びてすまんな。

#令和3年9月30日  #コラム #エッセイ #日記
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