短編小説『158番の食券をお持ちの』
158番がまったく動こうとせず、スマートフォンを触っている。店内には158番とオレこと264番しか客はいない。158番はオレの前に朝定食を注文していた。オレはそのすぐあとに牛丼の大盛りを注文している。注文してからさほど時間を置かず158番の朝定食はできあがり、厨房と客席のあるフロアを隔てるカウンターに置かれた。
「158番の食券をお持ちの方」
無機質なアナウンスを158番は無視してスマートフォンを触り続けている。158番は眼鏡をかけており、肌つやを見る限り、オレより若く、三十代前半くらいだろうか。ダウンジャケットは着たままだ。牛丼屋でささっと飯を食うだけだから上着を脱ぐ必要はないと考えているのだろう。
「158番の方〜」
今度は生身の店員が呼びかけるが、158番は動かない。スマートフォンを触り続けている。見たところイヤホンはしていない。何をチェックしているのか知らないが、それほどまでに集中しなければならない案件を、すぐに出てくるのが嬉しい牛丼屋の、注文した朝定食の出てくる間にチェックする必要があるのだろうか。今日は大晦日だ。
「264番の食券をお持ちの方」
無機質なアナウンスがオレを呼んだのでカウンターへ向かい、158番の注文した朝定食の隣に置かれた牛丼の大盛りをのせたトレーを席へ持っていくが、その間も158番はスマートフォンに夢中である。
「こいつ本気か、信じられへん」
オレは少し大きめに声を出し、158番への不満を表明したが158番は相変わらずスマートフォンを触り続けている。
158番のことを気にしながら牛丼を食っていると、そのことがまた腹立たしくなってくる。カウンターの向こう、厨房の側から店員が出てきて、158番の注文した朝定食を両手に持ち、158番のところへ持っていった。
「こちら朝定食でございます」
それを聞いた158番がようやく声に気付き振り向くと、店員が158番の前に朝定食を配置した。オレはひょっとすると158番は耳が聞こえないのかと思っていたのだが、どうやら耳は聞こえていたことが確認できた。
はらわたの煮えくりかえったオレはすぐさま158番の背後へ馳せ、朝定食のシャケに箸を入れようとしている158番の髪の毛を捕まえ、飛沫防止用のアクリル板におもいきり顔をぶっつけてやった。
「この常識知らずが!」
ぱっくり割れた158番の額がオレを残酷にさせた。オレは158番の眼鏡をかち割り、怯えた様子の158番に頭突きを繰り返した。
「おまえの常識に世間が合わさなあかんのか。おい、常識知らずが。おまえがスマートフォンをいじっとったら世間はおまえの思うままか」
オレは涙ながらに158番を打擲した。みるみるうちに158番の顔が腫れ上がった。オレの正義が目からこぼれていた。158番の代わりに朝定食を完食したのもオレなりの正義だった。
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