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短編小説『ネットリテラシーチェック2』

「ワクチンの副反応がやばくてさー」
「えー、Pですか?Mですか?」
「M」
「やっぱり熱ですか?」
「そやねん、39度越えは初めてかもしらん」
「うわー、それはキツいすね」
「節々も痛いし、インフルエンザでもあそこまでならんかったで」
「僕も今週末やからめっちゃ怖いすわー」
「澤井はどっちなん?」
「僕もMですわ」

PCで来月号用の原稿を作成しながら小野寺は内心、辟易としていた。ここ数日、A社でも新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、次から次へと接種を済ませており、そのたびに副反応について話し合う。誰それは無反応だったが何某は副反応がきつかっただとか、誰と誰はPで誰はMだったとか、どっちのほうが副反応が起きやすいとか、世界的人体実験に参加させられているというのにどいつもこいつも暢気すぎる。まがりなりにも雑誌制作に携わる人間として、そんなことでよいのかという憤りもある。こいつらは情報弱者という言葉の持つ重みを知らないのだろうか。

しかし、残念ながらA社でワクチン反対派は少数派である。いや、「派」というのは複数名いて成り立つものであるから小野寺はワクチン反対「者」でしかない。情弱たちに一から説明するのも面倒だから小野寺は自分がワクチン反対者だということは明かしていないので、副反応話が盛り上がっている時は、聞こえないフリをしてPCでの作業に没頭している。それもフリなのだが。

「小野寺はワクチン打ったん?」

会話の中心にいた遠山澄江が小野寺に話を振ってきた。黙って背中で舌打ちをしたという表現はおかしいと思うが、どんな思いでいたかはわかってもらえるだろう。しかし、これからも仕事は一緒にしていかなければならない先輩である。反対者とはいえ、インターネットでワクチンに関する知識は一通り、入れてあるので、適当に話を合わせておくことにした。

「ワクチンですか。ええ、もう打ち終えましたよ」
「へえ、そうなんや。どっち打ったん?」
「あ、えーと。左です」
「いや、違うやん、それは右利きならだいたい左やん。どっちて聞いたらPかMかやろ?」
「あー、そっちですか。Mですよ」
「どやった?」
「いや、まぁ、普段からあんまり現金使わないんで10円玉がくっついたかどうかは正直わからないんですけど、まぁ、そういう意味では助かりましたね」

それを聞くと遠山も澤井も、他のワクチンの話をしていた連中も、みんなが声を上げて笑ったものだから小野寺は困惑した。

「へー、小野寺ってそういうこと言う子やってんなー、おもろいやん!」

むしろ親しみを込めて小野寺に接してくる遠山のその笑顔のほうが小野寺にとっては意外であった。ワクチンの話に限らず、小野寺は積極的に会話の輪に入るほうではない。そういう小野寺に対して遠山も壁を作っているところがあった。今、ワクチンのことを聞いてきたのも、普段は壁があるといっても、いまや全世界の関心ごとであるワクチンの話題なら流石の小野寺も乗ってくるだろう、というみくびりがあり、それに対する腹立たしさもあったのだが、どうも勝手がちがう。

「ほんで熱は出たん?」
「まぁ、小さいっていってもマイクロチップを埋め込まれるわけですからね。人によってはそれでも反応が無かったりするみたいですけど、僕はけっこうしんどかったです」

また笑いが起こる。さきほどの困惑とは異なる感情が寄せてきて悪い気はしていない。笑いが止まらないという風に遠山がまた話しかけてくる。

「小野寺って面白いんやなー!知らんかったわ。じゃあ、マイクロチップの反応が小野寺はけっこうきつかったんや?」

「そうなんですよ。遠山さんも39度越えてたんですよね。僕も同じくらいです。でもひどかったおかげなんか、人よりマイクロチップの威力が強いみたいで。最近やたらネットで欲しい情報が検索しやすくなってて、ほんまに頭の中と繋がってる気がするんですよね」
「え?マイクロチップってそんなことになるの?」
「あれ?そうですよ。ま、確かにそうでなくてもAmazonoとかって履歴でオススメ教えてくれたりしますもんね。たぶん遠山さんもPC開けてみたら今欲しいものとか、気になってるものとかが検索しやすくなってると思いますよ」
「へー。ま、そんなもんかな。ありがとー」

先ほどまで前のめりだった遠山が急にトーンダウンし、澤井や他の連中も急に小野寺によそよそしくなったが別に構わなかった。小野寺から背を向けて自身のPCに向かった遠山の耳たぶに光るものを確認し、普段そんなことは気にしたこともなかったのだが、少し話しをしてみただけで女に免疫のない小野寺は遠山のことが気になったのだろう。いや、単純にいつもはそこに無い輝きを確認し、正体を突き止めたかっただけなのかもしれない。見てみると10円玉が張り付いていた。遠山のPCの検索窓にはマイクロチップと書いてあった。

#令和3年10月13日  #コラム #エッセイ #日記
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