短編小説『この際クーラークーラー』
あの夏日とか真夏日とかいう言い方があるじゃないか。あれ、もうなんとかしたほうがいいよな。夏日が二十五度越えだったかな。二十五度なんて初夏だぜ。初夏日でいいだろ。そんで三十度の真夏日を夏日に格下げ。三十五度越えで真夏日くらいにしないと体感とずれすぎてるし、あの三十五度越えたときの「猛暑日」っていう言い方がどうにも好きになれないんだよな。
なんていう、くだらないことに怒りがこみ上げてくるのは暑さのせいにほかならない。梅雨明けもまだだというのに昨日も今日も三十五度越え。汗が止まらないおかげで頻尿の俺も今日はまったくトイレに行ってない。尿の成分が全部汗で飛んでるらしい。タンクトップ一枚だけど、朝から晩まで現場仕事で正直なところ頭はクラクラしている。この際クーラークーラーしてくれたら少しは涼しくなるんだろうけど。目の前が霞んできた。太陽が三個に見えるし、真ん中の太陽は割れてるし、緑とか青とか赤の小さい玉が浮かんでる。綺麗だ。アートだ。これこそ俺が求めていた芸術なんだ。ああ、スマホで撮っておきたいけど作業の最中のスマホはご法度なのだ。畜生、たかだかアルバイトなのに本業の邪魔になるような決まりを守らないといけないのはバカげている。
喉が渇いた。水分補給は各自に委ねられている。たいした給料もらってないうえにどうして命にかかわる水分補給用の飲み水を自費で手配しなければならないのだ。バカだアホだ鬼畜の所業だ。マスクだって着けなければ社を挙げてバイ菌扱いするくせに自費で払わせてやがった。
あの藤井聡太くんが、あなたにとって贅沢はと聞かれ、自動販売機でジュースを買うことだと答えたと知ってから俺は本業で名を成すまでは絶対に自動販売機で飲み物は買うまいと決めている。
空に浮かんだ小玉たちから滴が垂れる。甘い。甘い小玉たちを残して視界が暗くなった。美しい。寒い。ん、なぜ寒い。わからない。寒い。