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短編小説『ワクチンパスポート』

昼ご飯は職場の最寄りのコンビニでおにぎりでも買って済まそう。昼休み、四条烏丸のKビル8階にあるオフィスを出てオレは階段を降りていった。1週間ほど前からKビルのエレベーターはワクチンパスポートが無いと使用できなくなった。3ヶ月ほど前から工事で使用できなくなっていたのは内装を変えているのだとばかり思っていたが、工事が終わると各フロアのエレベーターの入口にワクチンパスポートに埋め込まれたセンサーの探知機が設置され、不携帯の場合は乗ることができなくなった。工事さえ終われば階段を使わなくて済むとばかり思っていたので大きな痛手である。一度降りたら、また8階まで上ってこなければならないから、コンビニへ行くのも躊躇われたが腹が減っては仕方がない。

1階を通り過ぎ、地下1階の裏口から外へ出た。正規の入口から外に出るにはワクチンパスポートが必要だ。所詮自動扉なので、誰かのワクチンパスポートによって開いている隙を突いて小走りで通り抜けることもできるが、汚いものを見る目で見られるのがツライ。女の開けた扉に便乗したりすると、痴漢扱いされてしまう。じゃあ男ならいいのかと問いただす度胸もない。要らぬ心配をせずに済む裏口から抜けるのが無難である。裏口からはワクチンパスポート無しで出入りできるからいいものの、今後、裏口にまでセンサーの探知機が設置されたら、どうやってオフィスへ行けばよいのだろうか。

オフィス街のどこに隠れているのか知らないが、蝉がとにかくうるさい。日中は48度まで上がるらしい。オフィスはクーラーが24度に設定されているから、ダブルスコアである。ペットボトルにお茶でも用意しておくのだった。階段を降りただけで不快な汗にまみれている。

コンビニに入ると中はギンギンに冷えているからお茶を買うのを忘れそうになる。おにぎり2個とや〜いお茶をレジへ持っていく。
「360円になります。そちらへワクチンパスポートをご提示ください」
「え?」
「あ、ワクチンパスポートをご提示ください」
「いや、無いんですけど」
「申し訳ありません。当店、本日より、ワクチンパスポートをお持ちでない方はお買い物できないことになっておりまして」

不服ではあったが、オフィス街の職場の昼休みはだいたいどこも同じである。長蛇の列ができあがっており、文句を言うてる暇があったらそのレジ開けろや情報弱者!という圧力に耐えきれず、涼しいコンビニを出ると灼熱の太陽地獄である。信号を渡ればもう1軒コンビニがある。しかし、ここの信号待ちはアホみたいに長く、5分は待たねばならない。照りつける太陽がじりじりと肌を焦す。薄毛にはツライ季節である。お茶はともかくとして、どうして麦わら帽子くらいは被っていなかったのか。せめて普段から薄毛にコンプレックスさえ抱いていれば、ウイッグで熱中症対策ができたのに!!ようやく青になり、渡り切るまでの間にその青が点滅する。いくらなんでも早すぎる。なんとか駆け足で向こう岸に渡り、コンビニに入店しようとするが、こちのコンビニは入口にワクチンパスポートのセンサー探知機が設置されており、門前払いとなった。

汗が滴る。視界がぼやけ、蝉の声が遠のいていくなか、自動販売機を探した。四条通りの一本南、いま横断歩道を渡った綾小路通りから、さらに南下し、仏光寺通りに至るまでに13個あった自動販売機は全てあの憎きセンサー探知機が設置されていた。13個めの自動販売機の前についに倒れ込んでしまったところ、鼻にピアスを開けた男がポカリシエットのペットボトルの蓋を開け、こっちに向けて零してきた。これぞ聖水!!発情期の犬のようにむさぼったところ、「はい、100万円」と鼻ピアスが右手を差し出してきた。

「そ、そ、そ、そんな!!とてもそんな大金は用意できません!!」
「ほな死ぬか?それともワクチン、打っとくか?」
「ひいっ!!う、う、う、打ちます!打ちます!!何発でも打ちますから!ど、ど、ど、どうか、命ばかりはっ!!!」
「さよけ。ほな、皆まで言わんでもわかっとるな」

鼻ピアスはワクチン強硬派組織の証である。命拾いしたオレはその日のうちに鼻ピアスを開けた。

#令和3年9月8日  #コラム #エッセイ #日記
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