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短編小説『人道とは』

ベラルーシからポーランドへ越境する移民、難民が増えているという。EUはベラルーシのルカシェンコ政権が故意に送り込んでいると非難しているらしい。本来のEUの理念を通すならば、EUは難民を受け入れるべきだとオレは思うわけだが、当事者にならなければわからない事情もある。オレのように遠い安全な場所からなら好きなことを言える。それは客席からリングの上で闘うプロレスラーに野次を飛ばす連中と本質的に変わらないことである。

それにしても中東あたりの移民難民問題はどうにかならないものなのだろうか。人道的に許されないことなのではあるまいか。人の道を外れてまで当事者たちが固執するものとは何なのだろうか。

縁もゆかりもない国と国の境のことを考えながら柳田は腰を振り続けている。四つん這いになった淑子が枕に顔を埋めながら声を漏らしている。

「あかん!あかん!あたし、あたし、、、」

そうだ。難民が生まれる環境も受け入れない国々も政権維持に利用する独裁者も全員あかん!あかんのだ!うぬぬ、ルカシェン子!いや、淑子っ!あっ、あかん!オレももうあかんっ!!

淑子は仕事へ行った。オレは何もすることがない。衣食住は淑子に任せている身である。贅沢などできるはずがないが腹が減るのはどうしようもない。昼前にオレは近所のはなまるうどんでかけうどんを啜った。天かすを入れ放題入れ、ダシを吸った天かすは膨張していた。膨張しきったそれをオレはじゅるじゅると口の中に流し込んだ。口の中に淑子の味が残っていて歯磨きをし忘れたことに気がついた。

贅沢はできないとはいえ、本くらいは読みたい。オレはゼスト御池のふたば書房へ歩いて行った。歩いて行ったのは運動不足を解消するためだ。淑子とのセックス以外に近頃は体を動かさない。天かすを吸い込みすぎたからなのか、歩いているうち、とてつもない腹痛が襲ってきた。こんな爛れた胃腸には居られないとばかりに糞どもが国境たる肛門へ向かい、出よう出ようと騒いでいるのだ。オレにルカシェンコばりの強権があれば肛門前に有刺鉄線付きのバリケードでも張ってやるのだが、それが不健康であることは知っている。出たい奴は出してやるのが一番いい。受け入れ先を探しながら京都の町を歩く。ウォーキングの最大の敵が便意であることを再確認する。あまりの差し込みに涙が零れる。

寺町の商店街を泣きながら早歩きする中年を道ゆく人々が奇異の目で眺めている。この際、世間体を構っている暇はない。ゼスト御池にトイレがある。オレはたまらず走り出した。寺町御池。地下へ続く階段を降りる。地下、トイレの場所を確認し、急ぐ。もう一刻の猶予も許されない。途中の広場でおばはんに声を掛けられた。

「難民支援にご協力ください」

難民支援の団体がブースを出して啓発活動を展開していた。懇願するおばはんを一瞥し、オレは構わずトイレへと向かった。

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