経験と勘は、鉛直荷重だけ
「経験と勘」という言葉があります。
とても良い言葉ですが、木造住宅業界ではネガティブに捉えられる場合があります。
例えば、現場で施工を行う大工さんが「経験と勘」という言葉を発します。
家造りの経験豊富な大工さんは、当然、勘も働きだします。
現場施工の経験のない者からすると羨ましい限りです。
しかし、
この経験と勘でマウントを取ってくる方も多いことも事実です。
設計業務は机上の作業、現場施工でできない者が家造りを語るな!とか、
俺たちが施工しなかったら家はできないんだ!など、
「現場施工できる者が偉い」と言わんばかりのマウントです。
家造りは、設計と施工がセットです。
設計があるから施工ができる、施工があるから設計が形になるのです。
設計側からすると現場施工する方にはリスペクトしかありません。
しかし設計者の中には設計者が偉いというマウントを取る方もいますから、
ここはお互い様のかもしれません・・・。
「経験と勘」という言葉で、最も気になることは、
勉強不要と捉えられてしまうことです。
構造計算を行っても「経験と勘が構造計算より重要」という思い込みです。
確かに、梁の断面設計では、構造計算の設定次第で過小設計になる場合もあります。
構造計算ではOKでも、たわみや振動の原因になるほどの小さな梁断面が出てくるのも事実です。
ここに関しては、大工さんの経験と勘は素晴らしく、
過小設計の構造計算結果による梁伏図を見た瞬間に「この梁は小さい」と指摘してきます。
数多くの施工経験からこの梁スパンの場合はこの程度の梁断面、
この梁には柱が載っているからこの程度の断面。
ここは見事なものです。
事実、構造計算経験を重ね梁断面の設定を厳し目に見直していくと、
大工さんの言う梁断面が最適という結果が出てきます。
しかし、
耐震性能に関しては慎重に考えてください。
構造計算により耐震性能の設計を行った結果に対して大工さんに、
過剰設計と言われたことも多々あります。
耐震に関しても「経験と勘」で語ってくるのです。
ここはちょっと違います。
梁断面に関する経験と勘は、
常時作用する「鉛直荷重」に対する経験なので、
かなり正確に「勘」が働きます。
しかし、
耐震に関する経験は、大地震を何度も経験しない限りは培われません。
よって、
「勘」も正しく働きません。
大工さんの言う耐震に関する経験は「施工経験」なのです。
筋かいを設置した施工経験、面材耐力壁の面材を張った施工経験、柱頭柱脚にホールダウン金物を設置した施工経験などです。
耐震に関する設計は、この建物にはどれだけの地震力が作用するのか、
そのためには、どれだけの耐力壁がどこに必要なのか、そしてどの柱にどれだけの引き抜き力が発生するのかなど、
構造計算を数多くやるという「経験」が必要で、
そこから「勘」が働きます。
施工に関する「経験と勘」は鉛直荷重だけと考えてください。