【短編】ハナミズキ
「また、歌ってる。」
目の前を歩いていた彼が立ち止まり、こちらを振り返って言った。
私も同じように足を止め、彼を振り仰いだ。
「え?」
「ハナミズキ。一青窈の。」
私は自分の口を押さえると、彼の方を見つめた。彼は戸惑ったように、言葉を続ける。
「別に責めてるわけじゃない。僕もその歌好きだし。」
「・・あれを見たからかも。」
私が指さした先には、公園に咲くハナミズキがあった。
「公園で休んでいく?」
「うん。ちょっと歩き疲れた。」
公園前にあった自動販売機で飲み物を買い、ハナミズキ近くのベンチに2人で腰を掛ける。
お金のない私たちのデートは、散歩をすることに費やされた。
近隣の散歩本を買って、その散歩本の記載に沿って、辺りを歩くのだ。歩き疲れたら、公園やカフェで休んで、また歩く。
歩いている間に、様々なお互いのことを話す。この時間をつまらないとか、嫌だとか思わないということは、私達はお互い合っているのだろう。
彼がどう思っているのかは、分からないけれど。
「ハナミズキの花と思っているところが、花じゃないことは知ってるよね?」
「聞いたことはあるけど、アジサイと同じ?」
「苞って言うんだって。葉が変形したものらしい。ドクダミとかと一緒。アジサイの花のように見えるのは、ガク。」
「そうなんだ。」
彼はわりと植物に関して詳しい。いろいろな雑学を私に披露してくれる。
「家にも、ハナミズキの木があるよ。3代目だって。」
「3代目?」
「前に植えた2本は、枯れちゃったって言ってた。根付かなかったみたい。私が生まれた時に、庭に植えたみたい。シンボルツリーみたいな感じで。」
「病気か、乾燥が原因かもね。色はこれと同じ?」
公園のハナミズキを指差して、彼は言った。
「そう、薄紅色。」
今日は天気が良く、春のくすんだ青空が広がっている。
「美月の名前は、ハナミズキからとったんだっけ?」
「違うと思うけど。そういうなら瑞貴はどうなのよ?」
「僕も違うと思うけど。でも、名前が似ているからシンパシーは感じる。」
「・・。」
「ハナミズキにも。美月にも。」
「それはありがとう?」
「どういたしまして。」
私達は、顔を見合わせて、笑った。
「じゃあ、飲み終わったら行こうか。」
「ねぇ、瑞貴。」
「どうしたの?」
「・・私達いつまでこうしていられるかな?」
「美月が望むなら、いつまででも大丈夫だと思うけど。」
「瑞貴がどう思っているかが聞きたいんだよ。」
彼は私の顔を見て、困ったように言った。
「僕は美月のことが好きだけど、先のことは分からない。」
「そうよね。お互い好きな人が別にできるかもしれないし。」
「美月は何か不安なの?」
「私はずっと瑞貴の側にいたい。」
「僕たちは結婚できないよ。」
「それでもいい。」
彼は困ったような笑みを崩さず、私の顔を見つめるだけだった。
終