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【短編】第2ボタン/有森・古内シリーズその6

「ああ、ちょうどよかった。」
帰り支度をしようとしていた私を呼び留めたのは、クラスメイトの有森君だった。
「どうかしたの?」
「裁縫道具持ってない?」
「裁縫セットのこと?持ってるけど。」

私は鞄の中に入ってるポーチから、裁縫セットを取り出した。以前、制服の裾がほつれたことがあって、それを直さずに家に帰ったら、母親に怒られた。
それくらい自分で直しなさいと言われ、それからポーチに入るサイズの裁縫セットを持ち歩いている。

私が取り出した裁縫セットを見ると、有森君は目の前で来ていた制服を脱ぎだした。
「ここのボタン付けてくれない?」
カッターシャツ姿になった有森君は、制服の一箇所を指差した。確かにボタンがついていた跡がある。
「帰ってから付ければいいんじゃない?」
「変な誤解を生みたくないから、今のうちに付けておきたい。」

変な誤解?
私は机の上に置かれた彼の制服を眺める。それを見て、何となく彼の言いたいことが分かった気がした。
取れていたのは、第2ボタンだった。
「ここに付いていたボタンは?」
彼は首を傾げる。誰かに取られてしまったのだろうか?でも、引きちぎられたら、さすがに本人が分かるよね。

「有森君。もう、第2ボタン誰かにあげちゃったの?早くない?」
「違うよ。僕たちはまだ卒業じゃないし。」
相手が先輩で、今年卒業だったら十分あり得る話なのだが、そうではないらしい。そう思われたくないから、今付けたいのか。
「第5ボタンを外して、第2ボタンの代わりにするくらいしかできないよ。」
袖にもボタンはついているが、それは小さくて代わりにできなかった。
「それでいいよ。帰ったら、第5ボタンに予備ボタンを付けなおすから。」

私は、机に置かれた彼の制服を取り上げた。
彼は立ったまま、私の隣に立って、私がボタンを付け直すのを見つめている。
あまり見られると、やりにくいんだけどな。と思っていると、彼が口を開いた。
「なぁ、古内。」
「何?」
「もうすぐ、3年だな。」

私は彼を見上げて、そうだね。と答えた。
「次も同じクラスかな?」
「どうだろうね。」
毎年学年が上がるごとにクラス替えがある。だから、今のクラスも後1ヶ月も経たずにおしまいだ。来年の今頃には、私たちも卒業を迎え、高校生になる準備をしているはず。
そのころにも、私たちはこうやって近くにいるのだろうか?

「3年は行事もたくさんあるから、有森君が一緒なら心強いね。」
「・・。」
「来年の今頃は、行く高校も決まってるんだね。もう志望校とか考えてる?」
「何となくは。」
私と有森君の行く高校は、何となく別のところのように感じた。

「できたよ。」
私は、ボタンを付け直した制服を彼に渡した。
「ありがとう。」
彼は、その場で制服を着始めた。第1から第4までボタンをゆっくりと嵌める。その後ズボンのポケットに手を入れると、何かを手に含んで、私に差し出した。

「手出して。」
「?」
私が手を彼に向かって差し出すと、彼は私が出した手を取って、その掌に自分が持っていたものを握らせた。
掌の感覚で、渡された物が何かは推測できた。でも、なぜ今私に渡すのかが分からない。先ほど尋ねた時に、これを渡してくれればよかったはず。

私が彼の顔を見上げると、彼は私の顔を見返した後、ふいっと視線をそらした。
「古内にあげる。」
「なんで・・。」
「1年後には価値が上がる。」
彼は身を翻して、教室を出て行った。

有森君は、本当に何を考えているんだろう?
私は机に置かれた握ったままの右手を、掌を上にして開いた。

掌の上には、制服の金ボタンが輝いていた。

新聞に、今の中高生は、第2ボタンではなく、花束を渡して、それを渡す状況を動画に撮ってSNSに投稿すると、掲載されているのを見ました。
私が、中高生だったのは、大分前なので、この記事では第2ボタンでいきます。でも花束か・・周りに内緒では渡せなさそうですね。私はこうしたという体験談あれば、是非コメントでお寄せ下さい。

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説那(せつな)
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