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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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#恋愛小説

【短編小説】にじのかさ

 彼はまだ来ない。  待ち合わせ直前に、前の予定が長引いていて遅れると、連絡があった。  だから、何かあったのかと心配することもないし、予定がある日に、会おうとした自分が悪い。  そう思いながらも、半年振りに会うのに、とため息をつくことが抑えられない。駅近くのカフェの、なぜか軒先で、ミサは傘を差しながら待っていた。先ほどから、目の前の歩道を歩く人の視線を集めているが、ミサが人目を引くほど美人、というわけではない。  その理由は、ミサが差している傘にあった。ビニール傘だが、

【短編小説】クリスマスプレゼントにカイロを拾いました。

 私、稲村鈴音は、冬の寒いクリスマスイブの夜、カイロを拾った。  それに気づいたのは、翌日クリスマスの朝だった。  鈴音は極度の冷え性で、冬は寝つきがよくなく、朝早くから目が覚めてしまう。それなのに、その日は夢を見ることなく、深い眠りについた。目を開いて、枕元の目覚まし時計を見たら、10時をさしていた。  自分の目が信じられずに、何度も瞬きを繰り返したが、確かに10時だった。今日は休みの日なので、遅くまで寝ていても問題はないのだが、さすがに寝すぎだろう。  そして、体を

【短編小説】友達でいいなんて、言わなきゃよかった。

あまり人と関わりあうのは得意ではないから、予防線として張った「友達ならいいです」との自分の言葉に、今の私は苦しめられている。 学生の頃は、友達がいないと、自分の生活は成り立たないと思って、クラス替えの度に、何とかどこかのグループに潜り込もうと、なけなしの勇気を振り絞って、自分と似た雰囲気の子に声をかけていたように思う。あの頃は必死だった。特に、地方の学校に通うことになった時には、知り合いのない場所での一人暮らしは、ホームシックにも拍車をかけ、辛かった。 大人になってしまっ

【短編小説】私に答えてください。

毎朝、自宅から最寄りの駅まで、歩いている。 運動も兼ねてだが、ここ最近の暑さに、歩いている間にも、ばててしまいそうだ。 裏地に紫外線を防ぐ黒い生地が張ってあるという、より強力な日傘を手に入れた。今までは自転車を使っていたので、日傘を差すのは危ないし、帽子は面倒くさいと思って被らなかった。 だが、今年の日差しの強さは異常だ。15分くらい歩く間に、髪は異常に熱くなるし、駅に着く頃には、意識がもうろうとすることもあり、これは命が危ないと思い直して、日傘を買った。自転車を使わなく

【短編小説】束の間の幸せの中で

「なぁ。」 「なあに?」 私を下から見上げて声をかけられたから、私はその視線を正面から受け止める。 「お前、今幸せ?」 そう問いかけられると、直ぐには答えられなくて、躊躇っていたら、彼は穏やかな笑みを浮かべて、私に向かって口を開く。 「俺は、幸せ。」 躊躇いのない言葉に、私の目の前はぼやけていく。 「どうした?もしかして、感極まった?」 「・・自分でもよく分からない。」 こちらを揶揄うような表情を浮かべた後、彼は体を起こして、私の背中に手を回す。彼の手の温かさを

【短編小説】一番、唯一、特別

某有名な歌の歌詞に、『ナンバーワンにならなくてもいい。もともと特別なオンリーワン。』というものがあった。調べてみると、『オンリーワン』は和製英語らしい。『オンリーワン』と言われると、なぜか特別なものという感じがしていたが、前述した歌詞にも『特別な』と付け足されているように、『オンリーワン』には、特別という意味は含まれていない。英語の『only one』は「ひとつだけ」という意味でしかない。 でも、『オンリーワンの存在』というと、唯一無二とか、何かしら特別なもの、であるように

【短編小説】温かい。それだけで十分だ。

「で、どこまで、聞いているんですか?今回のこと。」 「・・何の話?」 目の前で、僕の所属部署のリーダーである島本さんが、その顔を酒で赤く染めつつ、分かりやすく首を傾げた。 周りは、それぞれ自分たちの話しかしておらず、辺りに目を配っている様子もない。居酒屋なんてそんなものだ。彼女もそれが分かっているから、僕をここに連れてきたのだろう。 会社の片隅で話を聞かれるよりはよっぽどいいけど。 借りたかったのは、お酒の力か、それともこの話をしても誰にも聞かれないだろう雰囲気か。 会