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短編小説Only

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普段は長編小説を書いていますが、気分転換に短編も書いています。でも、この頻度は気分転換の枠を超えている。 短編小説の数が多くなってきたので、シリーズ化している(別のマガジンに入っ…
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記事一覧

【短編小説】お菓子の家

 しょうらいのゆめ  おおきくなったら  すきなことおかしのいえをつくって  いっしょにすむ  かがやまゆか   今年のバレンタインデーは金曜日。土日祝日、暦通りの休みが取れる人であれば、今日の仕事終わりに、恋人や好きな人と、一緒に夕飯を食べて、チョコレートを渡したりするんだろうか。……今は、別にチョコレートを渡して告白する日でもないらしい。自分チョコや友チョコだってあるし、負担になるからと会社でチョコレートの贈り合いを禁止することもある。  それでも、一つくらいはチ

【短編小説】泣きたいけど泣けなくて

 恋人と別れた。  付き合ってはいたが、お互い相手の為に費やす時間も手間も減っていた。だから、「別れよう」と言われて、やはりと思う気持ちの方が強かった。別れ話だって、会うこともせず、SNSのやり取りで済ませた。ただ一言で、それまでの長い付き合いを終わらせることができるんだ。心の中では、納得がいっていなかったとしても、顔を合わせたわけではないから、それをさとられることすらない。  おかげで別れた実感が湧かないのか、少しも涙が出なかった。涙活という言葉があるように、涙を流すと気

【短編小説】人よ、涙せよ

 恋人と別れた。  SNS経由で、「好きな人ができた」と理由を告げられた。それを目にして、またかと思ってしまった。でも、そんなことは、もちろん思っただけに留めて、「今までありがとう」とだけ返す。既読はつかなかった。  自分の恋はたいてい、相手の告白を受けて、他に恋人がいなければ付き合い、好きになってきた頃に相手から別れを切り出されて、終わる。もう何度も同じことを繰り返してきているから、恋が終わる原因は自分にあるのだろう。  できれば、会って別れを告げてほしいと思うのは、贅

【短編小説】私も含め、みんな深く考えすぎてる

 夜になかなか寝付けない日が増えた。  布団に入っていても、眠れないと思ったので、萃香は、体温で温まった寝床から、思い切って起き上がる。枕元の時計を見ると、布団に入ってから、1時間くらいしか経っていなかった。  明日も仕事なんだけどなぁ。  あくびはちゃんと出ている。もしかしたら、もう少し布団に入っていたら、眠れたのかもしれない。肌触りのいい上着をさらに着込んで、座椅子に座りながら、萃香は大きく伸びをした。  今日は、午後半休を取って、以前の職場の人たちと、仕事帰りに食

【短編小説】卒業、おめでとう

 「卒業、おめでとう」  開口一番、そう告げられ、大屋は言葉の意味が図りかね、答えを探して脳内をさまよった。  「卒業って、単に仕事を辞めただけ」  「業は、仕事とかの意味もあるんだから、卒業でも間違いじゃないだろ?」  確かに、「仕事を辞めた」より、「卒業した」と、捉えると、ほんの少しだけ前向きに考えられるような気がした。次の仕事を決めていない大屋にとっては、なおさらだ。  このところ、眠れないし、食事もあまりとれないなと感じていた。仕事でも細かいミスがたて続いた。

【短編小説】にじのかさ

 彼はまだ来ない。  待ち合わせ直前に、前の予定が長引いていて遅れると、連絡があった。  だから、何かあったのかと心配することもないし、予定がある日に、会おうとした自分が悪い。  そう思いながらも、半年振りに会うのに、とため息をつくことが抑えられない。駅近くのカフェの、なぜか軒先で、ミサは傘を差しながら待っていた。先ほどから、目の前の歩道を歩く人の視線を集めているが、ミサが人目を引くほど美人、というわけではない。  その理由は、ミサが差している傘にあった。ビニール傘だが、

【短編小説】これは恋じゃない

 ふと気づくと、君のことを考えている。  別に大したことじゃない。今どうしてるかなとか、そんなこと。  こんなに淡い気持ちは、恋とは呼べないだろうと思う。  君とのやり取りがなくなって、もうどれだけの時が経っただろう。  自分から送ったメッセージにも返答はなくて、自分からも送る気にはとてもなれなくて、いつか落ち着いたら、気が向いたら連絡があるかもと思って、そんなヘタレな自分に気づいて、いたたまれなくなる。  だったら、もう忘れてしまおうと思うのだけれど、頭の隅に君がいつま

【短編小説】これが君の望む世界

 スマホでネットニュースを見ていたら、ある記述に目が留まった。 「死亡したのは、○○県△△市会社員の三島宏子さん(40)です。」  同姓同名。相手が住んでいる場所を詳しくは知らなかったが、自分と同じ通勤で利用している沿線沿いだと、本人から聞いていた。  と言っても、彼女に会ったことはない。  近くに住んでいるのに、会いましょうという話には、今の今までならなかった。そして、会う前に彼女は死んでしまったことになる。名前でネット検索してみたが、本名では今回のニュース以外、彼女本人

【短編小説】クリスマスプレゼントにカイロを拾いました。

 私、稲村鈴音は、冬の寒いクリスマスイブの夜、カイロを拾った。  それに気づいたのは、翌日クリスマスの朝だった。  鈴音は極度の冷え性で、冬は寝つきがよくなく、朝早くから目が覚めてしまう。それなのに、その日は夢を見ることなく、深い眠りについた。目を開いて、枕元の目覚まし時計を見たら、10時をさしていた。  自分の目が信じられずに、何度も瞬きを繰り返したが、確かに10時だった。今日は休みの日なので、遅くまで寝ていても問題はないのだが、さすがに寝すぎだろう。  そして、体を

【短編小説】約束

 水曜日の夜。人の少ないカフェで、2人はこれが終わったら、しばらく会えないだろう最後の話し合いをしている。 「だから、絶対無理だって」 「無理じゃない。たった3年なんだから」  諦めたように息を吐く女、時雨に向かって、懇々と諭すように言葉を紡いでいるのは、奏汰。2人とも社会人となって3年目。学生時代の友人同士。卒業して就職しても、住んでいるところが近かったこともあり、1ヶ月に一度くらいは会って、お互いの近況を話しあっていた。SNSを介して連絡も取りあっていたが、付き合って

【短編小説】自分がこの世に誕生した日

 誕生日は、当たり前だが、自分がこの世に誕生した日。  歳を重ねると、嬉しくなくなってきて、ただ一つ歳をとる日に成り下がる。この一年、何か変化があったかと問われると、何もない。一年前は、ちょっとでも成長できればと思っていたのに、毎日を過ごすだけで精いっぱい。  いっそのこと、誕生日は必ず休み。仕事や学校は特別休暇。国民の祝日ならぬ個人の祝日。しかも、何かしらお金を使う時には、特典がつく、または割引が効く。そんな制度にでもしたら、もう少し皆、自分の誕生日を自分のために祝おうと

【SS】愛言葉

私は、あなたのことが好きです。 休みの度に、会いに来てくれるあなたが好きです。 何の力もない私のことを、好きだと言ってくれるあなたが好きです。 あなたがどこに住んでいるのかは、知らないけれど。 あなたが普段何をしているかは、知らないけれど。 あなたがどんな姿をしているのか、知らないけれど。 あなたがどんな声をしているのかは、知らないけれど。 だから、無理だと思ったら、止めてもいい。 だから、疲れたと思ったら、休んでもいい。 だから、泣きたいと思ったら、泣いてもいい。

【短編小説】黒猫を飼い始めた

 黒猫を飼い始めた。  猫は以前から飼いたいと、うっすら思っていたが、実際に飼ったら最後だと思っていた。  就職してから、ずっと一人暮らしで、そのことにはすっかり慣れてしまった。人付き合いは苦手で煩わしいとすら思っているので、どうしても関わらなくてはならない人以外に、積極的に交流しようとはしてこなかった。だから、普段は一人で過ごしている。一人というのは、全てを自分で決められる。何にも影響されない。  でも、人はふと気づいた時に、ぬくもりを求めたくなるのだ。ただ、別に人でな

【短編小説】ファイトソング

「もし、何か一つ、麻生さんの願いを叶えてもらうとしたら、何を願う?」  久しぶりに会った、もう会うことはないだろうと思っていた相手が、そう言って、薄く笑う。 「一つの願い事?」 「そう、何でもいいの。前に語ってくれた夢を一つ叶えてもらう?」 「……夢はそんな風に叶えるものでもないし、そもそも他人に叶えてもらうものじゃない」  そう、麻生が答えると、「まぁ、確かにね」と相手も納得したように頷く。 「なら、夢を叶える第一歩で、お金を望んだら?」 「確かにお金は必要だけど、