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<映画>予習は必要か?

話題の映画「オッペンハイマー」を観てきました。


予習は必要か?

世間では予習が必要、という声が多くありましたが
思うところがあり、予習をせずに映画館に行きました。

めぐりあう時間たち

登場人物が多く、時間が交錯する感じは昔観た
「めぐりあう時間たち」を彷彿とさせられました。

https://youtu.be/-y4UPdx2s68?si=dX1U29qHHoPWscbr

あの映画も予習が必要、と話題になりましたが確かに
映画館で観た時はわからなかったことが
様々な映画評を見て、「なるほどそうか」と思う点も多々ありました。

しかし
制作者は予習ありきでは作っているのだろうか?と思うのです。
芸術家として作った作品で完結させていると思うのです。
観た観客がそれぞれに感じたのでいいのかなあ、と思いました。

君たちはどう生きるか

昨年話題になった「君たちはどう生きるか」も
事前に作品の宣伝をしなかったことで話題になりました。
また、映画のパンフレットも公開後に通信販売予定だったと思います。
予備情報なしに、アニメを楽しんでもらいたかったのではないでしょうか?

予習と予備知識

ここで、「予習」と「予備知識」は分けて考えたいと思います。
同じ映画を観ても予備知識を持っている人が受け取るものと
予備知識があまりない人が受け取るものは違っていて当然です。

予備知識が少ない人は、映画をきっかけに
興味を持って調べたり学んだりする、という鑑賞の仕方が
あっても良いのではないかと思います。

神の火を制御せよ

私は予習はしていきませんでしたが
学生時代を広島で過ごしたこともあって
原爆に関しての出版物やドキュメンタリーに触れる機会は
多かったと思います。

NHKラジオで55回に渡って橋爪功さんが全編朗読されたものを
聴き、その後図書館で借りて読みました。
当時、ブログでも紹介しました。

女性科学者の苦悩を描いたこの本に出会ったことがきっかけで
アメリカで原爆が生まれた経緯などにも
関心を持つことができました。

この本も日本だけ出版が遅れたそうです。
いきなりではなく、じわじわ作品の情報が知られてきて
免疫がついてから、ということでしょうか?

怒り

私は広島の海を隔てた向いの町で生まれ育ちましたが
「原爆は怖い」くらいの感覚しか持っていませんでした。
学生時代を広島で過ごすことで被爆二世の友人たちの中の一人が

被爆三世をつくらないため結婚しない

と言っていたのを聞くと、原爆は単なる瞬間的な殺人兵器ではなく
どれほど多くの人の人生を壊し続けるのだろう、と怒りが湧いてきました。

その怒りは原爆を作った人へではなく、戦争をしたがる人、へです。

映画は3時間の長丁場でしたが、「その日」がだんだん近づいてくると
苦しくなって観ているのが辛くなってきました。

映画から受け取ったもの

今、この時期に公開されることの意味もいろいろ考えさせられました。
この映画は核兵器の是非を論点にしていない。
オッペンハイマーという科学者の生き様がテーマなので
広島や長崎の人命についての痛みなどは表現されていない。
軍拡で平和な世界は目指せない。
アメリカにとって、原爆の一番の効用は「兵士を帰還させた」という言葉
政治家による科学への無理解・・・これが最も危険なこと。
正しさの個人差について

3時間の長さを感じさせない展開や音響の素晴らしさは
歴史を知らなくても、知識がなくても退屈せずに観ることが
できると思います。


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