「山県有朋」を読んでいる:山縣有朋と原敬の敵対者であるが故の相互理解

10月21日(金)薄曇り

今朝は昨日ほど冷え込みはきつくない。最低気温も4度くらいか。もちろん寒いことは寒いのだが、昨日の朝は本当に寒かったという気持ちが強いので、それほどではないという感じ。

昨日は整体で体を見てもらって、先週水曜日の頭部打撲のあたりの調整をやってもらった感じなのだが、やはり影響は結構残っていたようで、だいぶ楽になった感じがある。こういうのはメンタルにも影響を及ぼすから、その点でもだいぶ楽というか少しはいろいろなことが考えられるようになった感じはある。

岡義武「山県有朋」を読んでいる。昨日は190ページから230ページまで進んだ。忙しいこともあるがなかなか集中して読み進められなくなっているのでそれなりに読みやすく面白いこの本でさえ時間がかかる。解説を含めて280ページのこの本を、一日40ページ読めば1週間で読めるはずだが、読めない日もあるので借りてからもう3週間になるのにまだ読み終えられていない。あと1日、読める日があったら一応最後まで読めるということになるだろうか。

時期としては第二次大隈内閣の辞任問題から寺内内閣、そして原政友会内閣の成立というあたりで様々な人々との駆け引きと山縣の主張の折り合いというあたりなのだが、山縣は自分の子飼いが自分を無視して独自の方向性を探るみたいなことが受け入れられないタイプなので、誰が首相になっても衝突するしむしろ離れていってしまうというのが残念な人という感じではある。桂太郎もそうだったし、昨日読んだところでは寺内正毅もそうで、山縣に干渉されるとそれならば辞任するとすぐ言い出すので山縣も手を焼いたのだという。

結局山縣が一番嫌がっていたのは普通選挙法の施行で、大隈は後継内閣に加藤高明を推薦したが加藤は三井の財力の背景もあるのか山縣や元老たちを無視した采配が多くかなり憤激を買っていたようだ。加藤が内閣首班になれば普通選挙法を施行するだろうと見られていて、山縣は政友会とずっと対立してきた経緯はあったにしても原敬のことは以前から評価していたということもあり、原がだんだん有力候補になってくる。

原は普通選挙法に反対であり、また社会主義者や労働運動の動きも憂慮していて、その点で山縣と意気投合していた面があった。結局米騒動が一番大きな影響を与えて、山縣はついに原政友会内閣の成立を認める、ということになった。これは原自身が山縣が認めた主因は「米騒動だな」と前田蓮山に語っているそうだ。

この辺りの経緯は原敬関係の本を読んだときに大体知ったので、そんなに目新たらしいことはなかったが、「山縣の立場から見た大正政界」というのはなるほどこういうふうに見えたのか、と思った。子飼いは信頼ならず、労働運動や社会主義者の動きは憂慮に絶えず、原の政策には不満はあるが政治家としては買っていて、特にデモクラシーが無軌道に導入されていくことへの強い警戒感について一致していたところが大きかったということなのだろう。原の政治家としての老獪な点が、ある意味子分でないからこそ評価できた、というのが面白いなと思う。

このあと宮中某重大事件などが出てきてこの本もようやく読み終えられそうだが、山縣と原の敵対者であるからこその理解のしあいみたいな関係は、ある意味「いい関係」だなとこの辺りを読んでいるといつも思う。

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kous37
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