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憧れ(『うたうおばけ』に勝手に寄せて)

 僕は女性への憧れがある。

 これだけ読むと、世に言う「カミングアウト」に勘違いされそうだが、そうでなくて、僕は女の人がとっても好きで尊敬している。自分には到底なれない。という意味での「憧れ」だ。
 そう思うに至ったのは高校生の頃、散々馬鹿にしていた「アイドル」というものを好きになったことから始まった。エセロック野郎だった僕はテレビに出ているアイドルを「楽器も演奏しねーで」とか「口パクして笑顔振りまきやがって」とか思っていた。そんな僕でもまんまとハマれるようなグループを作ってしまうのだから秋元康という人は本当にすごい。
 ハマってからというもの、女性という自分とは異分子の生命体を知りたくなり、深く憧れたのだ。
 
 だからか、僕は物語を編むとき、主人公の構想は大体女性なのだ。女性が主体で話が進んでいく。だけど、物語の先生に初めて書いたものを見せた時
「これは不思議なもんなんだけどな、男性が男性を書くことに巧みなのはもちろんなんだけども、女性を描くにはあんまり向いていないんだよな。だけど、女性は両方ともうまく描けるんだよ。不思議だよな」と先生に言われた。
 先生ももちろん現役で物語を編んでいる人で、初心者の僕に異性を描くことの難しさを丁寧に教えてくれた。それでも、僕はその時女性の話を描き切った。でも今読み返すと、眠れなくなるくらい恥ずかしくなる。
 その体験もあってからか、ますます女の人に対する敬意が増したと同時に、負けてらんないぜ!と熱くもなった。

 先日、書店で見かけた一冊の本。タイトルを見て「あ、そうだ」と思い出した。
 くどうれいんさんの『うたうおばけ』というエッセイ。
 僕が尊敬している少し抜けてる女の先輩に教えてもらった本だった。
 迷わず購入し、この文章を書くほんの数分前まで読んでいた。

 ページを開けど開けど、やんわり光る文章がそこには広がって続いていた。
 なんでこの人は、こんなにギザギザした気持ちや人生における焦燥をやわらかく表現できるんだろう。「自虐」というもので素直に笑ってしまったのはこの人の文章が初めてだった。そして同時に、僕の記憶にこの人がいた。絶対、この人と話したことないんだけど、くどうれいんさんどこかでお会いしましたか? とインクを盛られた紙に問いかけてしまうくらい何故かこの人を知っていた。
 それで、読み終わって分かった。

 先輩だ。

 この本を教えてくれた先輩だ。僕が人として尊敬している先輩。
 そう思ったらとても腑に落ちた。
 先輩もくどうれいんさんもとても何かが抜けている。(これはとても褒め言葉です)
 なのに、とても聡明に生きていて、紡ぐ言葉が一々やんわりキラキラしている。
 朗らかな人だな。と思ったら突然、排気ガスを何秒も吐き続けるバスのマフラーのように世間や特定の人に対して毒を吐く。普通なら咽せるんだろうけど、僕はその類のガスに順応して生きているから大したことはない(もちろん驚いたけど)。そしてなんかわりといつもギリギリで、なおかつ赤裸々に生きている。そんな人だ。先輩も、きっとくどうれいんさんも。
 
 同時に、叶わないな、と仰向けになって猫の服従ポーズをとってしまう。
 この人たちの感受性や発信の仕方にこの人生では及ばない。
 僕には僕なりの表現や感性があると自負しているが、羨ましいと思えてしまう。
 そういう女性(だいぶ位置は絞られているけど)のことが好きで憧れている。
 多分これからもそうやって憧れて、いいなあとハンカチを噛んで生きていく。

 くどうれいんさん、いつかお話ししてみたいものです。

(文責・加藤)


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