短編小説「届いた歌 後編」
翌日、俺は再びレコード店を訪れた。
「すみません、このレコードなんですが...」
『おう、昨日の兄ちゃんか、どうかしたのかい?』
老店主は、首を傾げた。
「いえ、なんか歌詞が...」
言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
こんな話を信じてもらえるだろうか。
俺自身、自分の記憶を疑い始めていた。
俺が聞き間違いをしていた可能性だってある。
『どうした? 何か問題でもあったか?』
「いえ...すみません、気のせいだったみたいです」
俺は、逃げるように店を出た。
家に帰り、再びレコードをかける。
やはり、知らない歌詞が流れてくる。
俺は、スマホで曲名を検索してみた。
ヒットした動画を再生する。
そこには、レコードと同じ歌詞の歌が流れていた。
「おかしいな...」
俺は頭を抱えた。
母の歌った歌は、俺の記憶の中にしかないのだろうか。
それとも歌が間違っているのか。
ふと、レコードの下、隠された机の引き出しに目がいった。
「あれ、こんなのあったっけ」
俺は恐る恐る、引き出しを開けた。
【㊙日記】
そこには、家族の写真などと共に母の日記が入っていた。
俺はその日記を開いた。
恐らくこれは、母がまだ若かった時に書いたものなんだろう。
多くの学びや、失敗の経験。自画自賛。
息子として知りたくもないことまで、事細かに記されていた。
ページをめくっていると、一枚の紙が滑り落ちた。
拾い上げるとその紙には、五線譜に、音符と歌詞が手書きされていた。
『私だけの歌。いつか自分の子供に聴かせたいな』
間違いない。母の字でそう書かれていた。
俺は、その歌詞を目で追った。
ああ、なつかしい。
母が口ずさんでいた、あの歌だ。
急に涙が溢れてきた。
母は、勝手に歌詞を変えてアレンジしていたのか。
どおりで、母の口からしか聞いたことがなかったわけだ。
俺は、五線譜を見ながら、おぼろげに思い出しながら歌ってみた。
「青空の下で 手をつなぎながら 小さな背中を 追いかけてた日々
時が過ぎても 変わらぬ想い あなたと見つけた 小さな幸せ
遠く離れても 心は近くに いつでもそばにいる 大切な人よ
言葉にできない 溢れる気持ち この歌に乗せて あなたへ届け」
拙い歌声が、レコードの残された母の部屋に響いた。