短編小説「命の色」
白衣を着た私は、大きな培養器の前に立っていた。
培養器の中には、数千の受精卵が浮かんでいる。
絶滅危惧種の鳥の卵だ。
私たちの仕事は、その中から”最適”な卵を選ぶこと。
遺伝子を分析し、生存率や繁殖能力を予測する。
そして、”優れた”卵だけを残す。
目の前のモニターには、次々と卵の遺伝情報が表示されていく。
赤く表示された卵は「不適合」。
青い卵が「適合」だ。
私は黙ったまま、モニターを見つめ続けた。
でも、本当にこれでいいのだろうか。
ふと、赤く表示された一つの卵に目が留まり、私は思わずその卵を手に取った。
小さい中に確かな生命の温もりを感じる。
自然の摂理に、人は介入すべきなのだろうか。
選別が終われば、「不適合」とされた卵は処分される。
それが、この施設のルールだ。
命の適合…不適合…
この卵たちの未来を、本当に私たちが決めるべきなのか?
その時突然、警報が鳴り響いた。
『緊急事態です! 選別システムがエラーを起こしています!』
周りの従業員は慌てふためいている。
モニター上で青と赤の表示が激しく点滅し、間もなくすべての表示が消えた。
私は静かに培養器を見つめた。
そこには、ただの受精卵が浮かんでいる。
青も赤も関係ない。ただの、小さな命だ。
『どうしますか?』
周りの誰もが私を見ている。
私が最年長の研究者だからだ。
「すべての卵を保存します。選別はなしです」
『しかし、それは規定外の…』
「あなたが生まれる時、あなたのお子さんが生まれた時、規定なんてありましたか?」
『・・・』
周りの従業員は皆、俯いて黙り込んでしまった。
「これでいいんですよ、きっと」
私はずっと手に持っていた卵を、たくさんの卵の中にそっと混ぜ込んだ。