短編小説「届いた歌 前編」
俺は、古びたレコード店の前で立ち止まった。
ショーウィンドウには、懐かしい歌手のジャケットが並んでいる。
その中に、ふと見覚えのあるものを見つけた。
母が好きだったタイトルのレコードだ。
俺は思わず、レコード店のドアを開けた。
店内は古そうなレコードが壁中に飾られている。
「いらっしゃい」
老店主が、奥から顔を覗かせた。
俺は目的のレコードを手に取った。
ジャケットの色は少し褪せてしまっている。
「あの、これください」
『兄ちゃん若いのに、レコードなんていい趣味だね』
老店主は懐かしそうに微笑んだ。
家に帰る途中、俺は母のことを思い出していた。
母は5年前に他界した。
その最期まで、この歌を口ずさんでいた。
『ねぇ、この歌知ってる? 私の青春の歌なのよ』
そう言って母は、よく歌っていた。
俺がまだ小さな頃からずっと。
だが、俺にはその歌の良さがわからなかった。
古臭くて格好悪いと思っていた。
でも今では違う。
家に着いてすぐ、母のレコードプレーヤーに針を落とす。
かすかなノイズの後、音楽が流れ始めた。
懐かしいメロディーだが、何かが違う。
そうだ、歌詞だ。
歌詞が、全然違う。
俺は慌ててジャケットを確認した。
タイトルは間違いなく、母が口ずさんでいた曲だ。
でも、流れている歌は全く別物だった。
俺は混乱した。
何度聴き直しても、知らない歌詞が流れる。
『時が過ぎても 変わらぬ想い あなたと見つけた 小さな幸せ』
突然、メロディーに乗って一つのフレーズが頭に浮かんできた。
母が、気分良さそうに歌う姿と共に。
同じ歌のはずなのに、なんで違うんだ。
ただ母を思い出したかった。聞かせてやりたかっただけなのに。
だけど母の青春は、どこを探しても見つからない。