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短編小説「いちごのデザート」

シングルマザーでまだ幼い子を持つ私は、朝早くから仕事に出かけなくてはならない。

もっと普段から可愛がってもあげたいのだが、なかなか時間が確保できない。

お金に余裕がなく、休日は休日らしいこともなかなかしてあげられない。
そもそも、週末に休みをとれるとも限らないし、まとまった休日も得られない。
せいぜい、近くの公園へ一緒に遊びに行く程度になってしまう。

だから、せめてもの慰めとして、なるべく食後にはデザートを出すようにしている。
それでも、毎食というわけにはいかないし、普段はスーパーで買えるようなものばかりだ。

こんなことで、息子が納得してくれているのかはわからないけど、喜んでいてくれたらうれしく思う。


今朝も仕事に向かうため、せわしなく準備を進めていた。

今日は土曜。
一緒に朝ご飯を食べた息子は、また眠そうに寝室に入っていってしまった。

こういう日の息子の昼ご飯は、いつも作り置きになってしまう。
温かいものを食べさせてあげたいのだけど。

今日は大きめのおにぎり二つと、貧相だが、昨日スーパーの特売で買った出来合いの揚げ物だ。
それらを皿に乗せ、サランラップで覆った。

それと、今日は特別なデザートが用意できた。
それは駅前で人気な店のいちごのショートケーキだ。

もう一つの皿にもフワっとサランラップをして、机に並べて置いた。

【きょうのおひるごはん、のこさずたべてね
デザートにケーキもどうぞ ママより】

いつものようにメモを残して仕事に向かった。



ケーキを楽しんでいてくれるだろうか。
今日は仕事中、ずっとそんなことを考えながら、手を動かしていた。



そして夕日が沈みかけている頃、スーパーで夕食の買い出しを済ませ、やっと帰宅した。

「ただいまー」

『・・・』

普段なら『おかえりー!』と玄関まで飛び出てくる息子だが、今日はやけに静かだ。

慌てて、トイレ、寝室、キッチン、リビングと確認すると、息子はリビングで布団もかけず、気持ちよさそうにすやすやと眠っていた。

一安心して、キッチンに向かおうとするとき、リビングの机の上に残された皿が目に入った。
なんと皿の上には、おにぎりが二つ乗っている。

まさか…。

近づいて確認すると、私が書いたメモとは違うメモが拙い字で残されていた。

【ママのごはん、のこさずたべてね
じょうずにできたかな ぼくより】

上手く覆えていないサランラップをはがすと、おにぎりは私の作るものより一回り小さく、形も崩れている。
そして同じ皿の中には、朝ごはんでも一緒に食べた漬物が添えられていた。

息子は慣れないことをして、疲れて寝てしまっていた。

ところで、なぜかケーキが乗っていたはずのもう一つの皿にもサランラップがされている。
こちらにはケーキが乗っているほどのサランラップの盛り上がりはない。

すると、その皿の下にも、これまた息子の字でメモが置いてあった。

【おいしいいちごあげる!】

サランラップをはがすと、皿の真ん中にショートケーキの天辺のいちごだけがちょこんと残されていた。

そんなの、私はいいのに…。
視界がぼやけた。

うん確かに、ちょうどおなかが空いてきたところだ。
夕食づくりの腹ごしらえとしてぴったりだ。

「いただきます」

息子に向けて、小さな声で手を合わせた。

おにぎりは手に持つと、すぐに崩れていくし、少ししょっぱい。
でも、おいしい。

そして、デザートにはいちごを一口で頬張った。

そのいちごは、今まで食べた物の中で一番甘く、幸せの味がした。

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