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短編小説「労働 前編」

『なんだこの文書は! 最近の若いのはこんなこともできないのか!』

そんな部長の怒声が部署全体に響いていた。
しかし、部長はいつもこんな調子だ。

毎日誰かしらに突っかかっては、言いたいだけ哮を上げている。

その言葉は基本、仕事に関してだが、時に人格を蔑んでいるような惨たるものまである。
その日の部長の機嫌次第、といったところだ。

幸い、新入社員の俺はまだその餌食となったことはない。


部長の大きな蛮声が聞こえなくなると、同僚が頭を下げながら部長室の扉を閉めていた。

彼は俺の隣の席で、そこに居ないことに違和感は感じていた。

部長の囂しい声がなくなり、部署は一気に粛々とした雰囲気が漂っている。
聞こえるのは各々が叩くキーボードの音だけだ。

同僚は席に着くと、顔を腕に埋めて伏せてしまった。
手には皺だらけの紙が握られている。

俺は周囲を見計らって、同僚に小さく話しかけた。

「おい、大丈夫かよ」

同僚は腕の隙間から片目で俺を確認すると、すぐに顔を埋め直した。

『お前か…大丈夫だよ。それより、休憩中じゃないなら仕事してないと、俺みたいに怒られるぞ』

「そうだな、そんな風にはなりたくないしな。まぁ、なんでも言えよ」

『なら、飯奢りは?』

同僚は伏せたまま、間髪入れずに聞いてきた。
こいつ、調子のいいやつだ。

「しゃーないな、明日夜でいい?」

『うん』

「わかった、空けとく」

『ありがと…』

明日のために、頑張ろう。
俺は再び、パソコンに向き合った。

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