短編小説「ラジオ体操」
目覚まし時計の音で、むくりと起き上がる。
外はすっかり明るい。
「はぁ...」
ため息が漏れる。
夏休みなのに、なんでこんな早起きしなきゃいけないんだ。
ボランティアで参加することになった地域のラジオ体操。
でも正直、後悔している。
「大学の一限でも、こんなに早くないのに…」
そんな小言を呟きながら、重い足取りで公園に向かった。
朝から日の照りが厳しい中、どんどんと人が集まってきた。
『おはようございまーす!』
町長の声だ。
こんな朝早くから、なんて元気なんだ。
『今日も暑くなりそうですねぇ』
老人たちも、すでに世間話に花を咲かせている。
「元気だなぁ...」
私は広場の隅にだらしなく座っていた。
『あれ、久しぶり!』
「え?」
驚いて顔を上げると、そこには懐かしい顔があった。
小学校の頃から、よく一緒にいた友人だ。
「え、嘘ぉ、来てたんだ!」
『そうー、お母さんに弟連れてけって言われちゃってさー』
友人の右手には、小さな男の子の左手が握られていた。
「ってことは、毎日? 大変そう…」
『まぁね。でもさ、意外と楽しいんだよね』
友人の言葉に、少し驚く。
「えー、そうなの?」
『うん。なんか、懐かしい感じがするっていうか。ほら、私たちもずっとこの広場だったし。町長なんかもさ、ずっと変わらず元気だしさ』
確かに、こうしてしゃべってると昔を思い出す。
『では、7時になったのでラジオ体操始めまーす!』
町長はラジオカセットの隣に立って、子供たちを集めた。
「ほんとだ、」
私は町長を見て、吹き出しそうになった。
『ほら、お友達もいるでしょ、行ってきな』
友人の弟は嬉しそうにラジオ体操の中心へと走っていった。
「お姉ちゃんしてるね」
『まあね』
彼女は得意げに腕を組むと、私の隣に腰掛けた。
『はい、手足の運動から~』
カセットから流れる音声に従って、ラジオ体操が進められていく。
子供たちは不揃いながらも、町長に合わせていこうとその小さな体を動かしている。
『大きく息を吸って~』
子供たちが大げさに息を吸っている。
思わず友人と顔を見合わせて、くすっと笑ってしまう。
「ねぇ、私たちもあんな感じだったのかな」
『絶対そう。恥ずかしい』
「私たちも大きくなっちゃったよね…」
汗ばむ額を拭いながら、ふと空を見上げる。
『ねぇ、覚えてる? あの夏』
友人の言葉に、昔の記憶が蘇る。
あの時も、眠たい目を擦りながらこの広場に集まった。
そして目的はラジオ体操ではなく、友達に会うことだった。
だからラジオ体操が終わると、みんなで公園を走り回ったり、川に行ったりと夏休みを満喫していた。
「うん、覚えてる。すごく楽しかったね…」
『今日って、これから予定あるの?』
「え、ないけど」
『じゃあさ、この後あの時みたいに自由しちゃう?』
彼女は白い歯を見せながら、体をすり寄せてきた。
「もちろん! 行こう! あ、でも弟くんは?」
『あれも友達とどっか行っちゃうの。だから帰りはいつも一人』
「そうなんだ。で、どこ行く?」
『暑いし、アイスなんてどう?』
「いいね、いいね!」
友人は立ち上がると、私の手を引っ張った。
『そうと決まれば、アイスのためにも、体操頑張ろ!』
「えー、やるの?」
『当たり前でしょ! 昔みたいにさ』
しぶしぶ立ち上がり、二人揃って町長に動きを合わせた。
なんだか体を動かすのも悪くないかも。
深呼吸で、ラジオ体操を終えた。
気づけば、朝の不機嫌はどこかへ消えていた。
『はい、お疲れ様でしたー! スタンプとお菓子をあげるから、子供たちは列に並んでねー!』
町長の声に、みんなで拍手した。
彼女の弟は複数の友人と楽しそうに話しながら、列に並んでいた。
『じゃ、早速!』
「行きますか!」
二人で公園を出る。
まぶしい朝の日差しが、懐かしい風景を照らしている。
「ねえ、あのコンビニまだあるかな?」
『きっとあるよ。行ってみよう!』
歩きながら、昔の思い出話に花が咲く。
「あのね、実は最初は来たくなかったんだ」
『だよね、そんな感じだったもん』
「ばれてたか、、、でも来てよかった」
『そっか。嬉しい』
そんなことを話していると、コンビニに到着した。
「わー、これ昔よく食べたよね!」
『そうそう! 懐かしい!』
外に出て、少し高めのベンチに座りながらアイスを頬張った。
『暑い中のアイスって、ほんっと最高!』
彼女はあの頃のように、浮かせた足を振りながら喜んでいた。
「ねぇ」
『どうした?』
「私、明日も来ようかな」
『えー! 来てくれるの!』
「もっちろん!」
『じゃあ、明日はどこ行こっかぁ!』
夏の朝の風が、二人の少し湿った髪をなでていく。
夏休みってこんな感じだったな。
朝からはしゃぐなんて、久しぶりだ。
でも、夏休みだし、ちょっとくらい、いいよね。
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