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#12 自己紹介プレゼン 〜陰謀 VS 意地〜
(…………………やられた………)
僕の新入社員研修で最後の課題となる「自己紹介プレゼンテーション」
誰に発表するのか尋ねた際に、プレゼン資料作成に付き添ってくれた人事の鈴木さんは大したことはないという表情でこう説明していた。
「田代さんとか僕とか…まー、うちうちでの発表だから……」
その言葉と言い方から僕は3〜4人程度の聴衆の前でプレゼンすることを想像した。
しかし、考えてみれば、鈴木さんは嘘は言っていないのだ。
聴衆の人数も「うちうち」という言葉の指す範囲も明言は避けている。
僕が勝手に3〜4人と判断したのだ。
そして今、僕の目に映るのは、開かれた大きな会議場の扉に向かって大勢の人間の頭が一斉に振り返る姿だった。
扉を開いてこちらを見る鈴木さんに目をやると不気味に悪い笑顔をこちらに向けている。
その不穏な表情と目の前の状況を合わせて直感的に全てを理解した。
(なるほど……そうゆうことか……)
これは最初から仕組まれていた陰謀だったのだ。
少数相手のプレゼンと思い込ませて、面白可笑しくプレゼン資料を作成させる。
そして、それを当日大勢の聴衆の前で発表させる。
たった1人の新入社員に対して、なんて非道で酷たらしい陰謀だ。
僕の心の準備をさせる間もなく、鈴木さんが先に会議場に入っていく。
僕はその背中を朧気に見ながら着いていくしかなかった。
当然身体は会場に入ることを躊躇していたが鎖で繋がれたようにあとを付いていくしかないように思えた。
会場を壁沿いに前方に向かって歩いて行く。
会場に集まった聴衆はまばらな拍手と節度のある賑わいで僕を迎えていたが、僕には聴衆に顔を向ける余裕は無かった。
辛うじて目線を前方に向けると数メートル四方の巨大なスクリーンが準備されていることに気付く。
(嘘だろ……まさか……あんなデカイところに僕の醜態が晒されるのか…)
そのまさかであることは明白だった。
そして、その巨大なスクリーンの横に入社式で社長が使っていた立派な演台が設けられている。
(まさか…あそこで喋るんじゃないよな……)
当然そのまさかである。
あまりに想定外の状況に呆気にとられて緊張するのを忘れていたが、そのまま大人しくしてくれるはずもなく、思い出したように急激に心臓を強く鳴らし始める。
(これは……やばい……)
そして、足を進めるごとに、はめられた悔しさ、調子に乗せられた後悔、そして、見事に僕の粋がった過去を凝縮してしまったプレゼン資料への不安が心を支配していく。
(ダメだ……息ができない……)
全身から嫌な汗が噴き出すのを感じる。
指示されたかどうかは定かではないが会場前方の脇に置かれた椅子に腰掛ける。
一度、大きく息を吸い込み、喉に突っ掛かる巨大な異物を無理に喉を通すように状況を飲み込むと無性に腹が立ってきた。
(鈴木……)
この陰謀の首謀者は僕にはわかりようのないことだが、少なくともこの状況を知っいて、何食わぬ顔ではっちゃけたプレゼン資料の作成を指示した鈴木に怒りの矛先を向ける。
(おまえやりやがったな!!)
しかし、若気の至りを見事に表現したプレゼン内容が脳裏をよぎり、拭い切れない不安が込み上げる。
(あー…もー最悪だ……終わった……)
負の感情が落ち着きなく暴れ回る。
思わず鈴木にどうゆうことか問い詰めたくなる。
しかし、今言葉を発すると動揺と怒りと不安が入り乱れ、どんな言葉をどんな口調で話すのか自分でも予想ができない。
その上、あの意地悪な表情を思い出し、これが仕組まれたものだとしたら、動揺して詰問することが、この状況に負けたことになるような気がした。
行き場のない膨大な感情達が身体の中で入り乱れ、激しくぶつかり、擦れ合う。
その摩擦が熱を帯びて行くかの如く僕の心の中で火がついた。
(……このままじゃ……このままでは……こいつ等の思う壺だ……)
負の感情を燃料にその火はたちまち大きくなり、闘争心へと変わって行くのを感じる。
ふつふつと燃え上がる闘争心が僕に語りかける。
(今、僕にできる反撃はなんだ?)
動揺したまま、不安に苛まれプレゼンする自分の姿を想像するとあまりにも滑稽で可哀想に思えた。
そんな惨めな思いは御免だ。
(きっとこいつ等は僕が動揺してるのを楽しんでやがる……たじろぎながらプレゼンすることを期待している………となれば答えは明確だ!)
答えはすぐに出た。
それは当然であるかのようにこの状況受け止め、平然とプレゼンを行うことだ。
焦ることなく、悪びれることもなく、過去の醜態を堂々と語ることが今、自分にできる最大の反撃の一手であるように思えた。
(いいよ!やったるよ!もー知らないからな!)
反撃の平然を装うために、意図的に自暴自棄な考えを加える。
人事課長の田代さんが演台の横に立ち、進行を始める。
(どうせ、あいつもグルだろうな…)
「えー皆さんお集まりいただきありがとうございます。
(集まりすぎだろ!)
「それではこれより、恒例の新入社員自己紹介プレゼンテーションを始めます。では早速、澤村君お願いします!」
(やるよ!やってやんよ!もー知らんよ!)
頭の中は攻撃的でやけになっているが、身体機能は思考を無視して、全身を揺らすほどに心臓が強く脈をうっている。
スクリーンを横切って、演台の前に立ち、恐る恐る会場全体を見回す。
そこには総務部の人達や総務部長の香川さん、技術部長の野中さんに安武さんを含め、技術部の研修をしてくれた方々の姿が確認できた。
おそらく僕が配属される予定の技術部の人達も多く参加しているのだろう。
ふと、視線を手前にやると執行役員常務の長浜さんに執行役員の矢口さんまでいる。
(うわ…やっぱ終わったわ……)
40人近い聴衆を目の前にし、整い切れていない思考が弱音を溢す。
それをすぐにかき消すように闘争心に更に燃料をくべる。
(いやっ!見とけよコラ!お前等はとんでもない奴を入社させたぞ!後悔してももーおせーからな!!)
改めて聴衆の表情を見ると、皆、してやったりといった悪い笑顔をしているように見える。
いや、しているのだ。
(なるほど……ここにいるほとんどの人が同じ目にあってるのか…)
この状況で冷静な憶測をする自分に気付き微かに落ち着きをとりもどす。
演台の脇に座る田代さんから小声で指示を出された。
「パソコンはここに置いて、このケーブルさして」
田代さんは全く悪びれた様子もなく、相変わらず淡々と進行しようとしている。
(この人は本当に人の心があるのか!?少しは申し訳なさそうにしろよ!!)
言われるがままにパソコンにケーブルを指す。
それと同時に仁王立ちで不自然な笑顔の僕が巨大なスクリーンに映る。
(うわ…スクリーンでっかー……きっついなーこれ…)
会場のざわめきが鼓膜を揺らす。
スクリーンの大きさと会場のざわめきに思わず動揺する。
(落ち着け……)
プレゼンの第一声を発する前に自分に優しく声をかける。
(何を恥じることがある……)
そして、強く語りかける。
(これはまさしく僕の生きてきた軌跡であり、この経験があるから今の僕がいるんだ。)
心は決まった。
(そーだ!反撃だ!平然だ!行け!!)
「えー…それでは、自己紹介プレゼンテーションを始めさせていただきます!よろしくお願いします!!」
聴衆からの節度ある拍手が会場に鳴り響く。
遂に「会社ぐるみの陰謀 VS 僕の意地で突き通す平然」の勝負が始まる。
プレゼン資料の序盤は、生年月日や出身地、卒業した大学、大学でどんな事を学んでいたかなどの表向きの情報で構成されている。
そして、いよいよ僕の若気の至りを凝縮した魔のプレゼン構成にさしかかる。
先陣を飾るのは、バイクに跨りこちらに拳を向けて見事に粋がっている僕の姿だ。
それだけならまだしも、僕の周りを取り囲むように数人の友人がバイクにまたがって写真に写っている。
もちろん、ただ夜にツーリングをしていただけだが、ボンヤリ見るとそれはさながら暴走族だ。
ページに送るのに躊躇する。
しかし、ここで間を空けることは敗北と同意なのだ。
(行け……行くしかないんだ……思っきりかましたれーー!)
無理矢理に己を鼓舞し勢いよく指を振り下ろしてパソコンのキーを押す。
エンターキーは理不尽に強打され、驚いたように音を発し、会場中に響き渡る。
ついに僕の粋がった過去の集大成が世に放たれるときが来た。
つづく
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「#1入社初日〜期待と衝撃〜」
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