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#8 技術部研修 〜救世主との再会〜
1日ぶりに総務部のフロアにある自社研修用の会議室に戻り、無事生還できた事に思わずホッとする。
昨日の営業研修は散々な目にあった…
振り返るだけで嫌気がさす。
今日は気を取り直して、1日、技術部研修。
入社してから相次ぐ試練の日々に、今日だけは何事もなく終わってほしいと心から願うばかりだった。
そしてなにより、技術職で採用されている僕にとって、今後、実際に関わるであろう内容の研修に学ぶ意欲は今までの研修よりも断然に高まっていた。
研修のカリキュラムとしては、朝からみっちり、1時間ごとに時間が区切られ、技術部内でのグループごとに装置概要や仕事内容を説明してもらう研修となっていた。
睡魔との激闘になることを想定していたが、すぐにそれどころではないことに気付かされることになる。
最初の研修が始まって、しばらく話を聞いていると、徐々に僕の中で不安が大きくなっていくのを感じた。
そして、頭の中でついに白状する。
(何言ってんのか全然わからないです……)
これまでの研修とは打って変わって技術部研修では専門用語が飛び交う。
「この装置はP2Pの通信で……」
(なんかそんな韓国のアイドルいたな…)
「モデムを介してランのホストからワンに繋げる…」
(モデルがランちゃんでホストがワンさん?繋げる?恋愛の話でもしてんのか?)
わからない単語が出る度に後で調べようとメモを取る。
しかし、そのメモが怒涛の勢いでノートを埋め尽くしていくつれて、焦りを感じずにはいられなくなった。
専門用語が多発するのは最初の研修だけであってほしいと願ったが、その淡い期待は儚く散り、ノートを黒く染めていく。
「IPパケットはわかる?」
(わからんよ……)
「いえ…わからないです……」
「インターネットプロトコルはわかる?」
(IPパケットわからないのに、もっと文字数多いやつわかるわけないだろ!)
「す、すみません…」
「パケットはわかる?」
(勘弁してください……)
「いや…すみません…わからないです…」
「えーっと、どーしーよーかねー…」
研修についていけていない様子を見兼ねて時々、質問をくらったが、最後は決まって苦笑いと双方の困惑が生じ、僕の不安と辛さを増幅させた。
会社の特性上、技術部研修の主な内容は情報通信に関するものであった。
僕は一応、理系の大学を卒業しているが、どちらかと言うと工学系を専攻しており、いわゆる情報系の知識は皆無である。
むしろ、パソコンなどの電気機器にはめっぽう弱く、機械音痴の意識が強い。
(本当にここで僕はやっていけるのだろうか……)
新入社員が僕1人ということに気を取られていたが、そもそも、このお堅い会社の技術部という環境でこんな僕がやっていけるのか。
本来最も懸念していたことをようやく思い出し、しっかり不安になってきた。
わけのわからないまま、午後の研修を迎える頃にはすっかりに不安に苛まれていた。
そこに、突如、救世主が現れる。
15時から研修の講師として、安武さんが会議室に入ってきた。
「久しぶりだねー!」
安武さんとは以前に1度会っていた。
会社から内定をもらった際に、人事担当の田代さんからの提案で、正式な内定受諾の回答前に先輩社員と話す機会としてランチを設定してもらった。
いわゆる、内定者フォローというやつだ。
その際に技術部の先輩社員として来てくれたのが安武さんともう1人、女性の林田さん。
2人とも30代と言っていたが、見た目には20代と言われても不思議ではないくらい若く見えた。
何より衝撃を受けたのは2人の雰囲気と容姿だ。
(2人とも明るい……しかも、眼鏡もかけてないじゃないか……)
僕の勝手なイメージでは、技術部に所属するような人間は根暗で眼鏡をかけているものだと思っていた。
もっと言えば、真面目で冗談が通じず、理論的で口数は少なく大人しい、身なりも気にせず、髪はボサボサ、服はよれよれといったところだ。
確かにそうゆう人は結構いるにはいるのだが…
少なくとも安武さんと林田さんはイメージしていた技術者像からかけ離れていた。
その2人の雰囲気を見て安心したのを覚えている。
特に安武さんとは不思議と話しやすく、この会社に就職を決める最後の後押しになったと言っても過言ではない。
「覚えてる?」
安武さんは優しい笑顔を見せながら親しげに話してくれる。
「もちろん覚えてます!その節はありがとうございました。」
「あれ?たしか、たばこ吸うよね?」
「吸います!」
「じゃ、研修の一貫として先輩とたばこを吸いに行こうか!」
想定外の研修内容に一瞬困惑する。
微かな罪悪感を感じながら、言われるがままに会議室から連れ出され、2人で喫煙所に向かった。
「どー?研修。1人だし大変でしょ?」
「1人っていうのもそーなんですが、技術部研修では専門用語だらけで全然わからなくて…正直、焦ってます……」
「あー!でも、大丈夫よ!」
そう言って、たばこの煙をふかしながら話してくれた。
「実際、これから研修することはたぶん澤村君の仕事にそんな関係ないのよ!」
「え?そうなんですか?」
まさかの言葉にたばこを吸う手が止まる。
「正直、なんとなく配属されるグループもうちうちでは分かってて!たぶん、機械構造系のグループなのよ!」
工学系に関連しそうな機械構造系という分類に親近感をおぼえ安心した。
「それに、今はわからなくても、仕事していくうちに必要な知識は勝手につくから!」
「そうゆうもんですか…」
「その上で、なんとなく他のグループがどうゆう装置を担当してて、だいたいどうゆう使われ方をするかくらいはわかってた方がいいから。なんとなく頭に入れるくらいで聞いてればいいよ。」
たばこの煙と一緒に僕にまとわりついていた不安が消えていく感じがした。
そして、実際、安武さんの言ったことは本当だった。
実際に仕事を始めれば必要な知識は自ずと見えてきて、技能は少しづつ身についていく。
その上で必要な知識と技能にポイントを絞って更に学び、磨いていくことで専門性を習得していく。
そういった意味では、学生時代に勉強してきたことがそのまま活かせる事のほうが稀で、会社に入ってから仕事に取り組む中で色々と学んで行くものなのだ。
ある意味、この安武さんとの喫煙所での会話が新入社員研修の中で1番勉強になったと言える。
余談にはなるが、この後、安武さんとは数え切れないほど一緒にたばこを吸い、時間が合えば昼食を一緒食べ、何度も飲みに行く。
そして、仕事の事からプライベートのことまで何でも話せる仲になり、僕が異動する時も1番寂しがってくれた……
喫煙所から戻ると既に15分が経過していた。
「じゃぁ、いちお!研修しようか!」
そう言って研修を始める。
内容は相変わらず、専門用語が飛び交い、容易に理解できるものではなかったが、研修へのスタンスが明確になったことで、細かな内容よりも大枠で概要的に把握することができた。
研修が終わり、安武さんは僕の不安と共に颯爽と消えていった。
(本当ありがとうございました…安武さん…)
口から出た言葉以上に心の中で強く感謝した。
そして、この日の全カリキュラムを終え、ついに自社研修が一段落を迎える。
会議室に総務の鈴木さんが入って来て、来週から行われるグループ会社全体での合同研修について事務連絡を受ける。
「いよいよ!合同研修だね!」
(ついに来てしまった……最大の難所…)
「研修場所は親会社の本社ビル。持ち物は筆記用具。です!」
(………え?それだけ??)
事前情報の少なさが余計に不安を煽る。
「じゃ!頑張ってきてね!」
軽い励ましが癇に障る。
しかし、グループ会社全体での合同研修に対する嫌悪と不安が圧倒していた。
そして、その想定を超えた辱めを受けることをこの時の僕はまだ知らない。
そんな中でのある出会いが後のサラリーマン生活に大きく関係してくることは知る由もない。
つづく
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「#9 合同新入社員研修〜ムカつく女〜」
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