#13 新入社員研修修了 〜幻滅と喝采、最後の通告〜
総勢40人前後の聴衆が注目する巨大なスクリーンが切り替わり、会場が大きくざわめく。
「へー」といった驚きの反応
「え…?」といった明らかな不信感
「うわー」といった明確な嫌悪
様々な声が飛び交う。
ざわめきの中には笑い声も所々で聞こえる。
しかし、その笑い声も楽しそうな笑い声と困ったような笑い声が入り乱れる。
様々な反応が重なり、まとまった騒がしさとなって僕の身体に強くのしかかる。
その喧騒に圧され、意地で通してきた平然にわずかなほころびができ、一気に動揺が流れ込む。
会場を直視できず、誰がどんな反応しているか特定はできない。
しかし、少なくとも良い反応と悪い反応が共鳴していることはわかる。
その上で嫌悪したような悪い反応が圧倒的に優勢であるように思えた。
(おいおい……だいぶ引いてる人いるやん………)
冷静に考えれば当然だ。
(鈴木!!やっぱダメじゃんか!!)
はっちゃけ過ぎたプレゼン資料への後悔が鈴木に対する怒りに直結する。
怒りを込めて会場の脇に座る鈴木に一瞥を送り、思わず目を疑った。
(こ、こいつ……)
鈴木は嘘みたいに楽しそうな笑顔をしていたのだ。
(イカれてる……どうゆう神経してんねん!!んで、めちゃくちゃ楽しそーだなお前!!)
怒りが身体を支配し、表情として表れそうになる直前で思いとどまる。
(落ち着け……落ち着くんだ……)
今、僕にできることは最初に決意した平然を装うという反撃に徹するしかないのだ。
一度深く呼吸をする。
もう鈴木を見ない事を心に強く誓う。
(はい!次!!)
次は大学時代にバンド活動をしていたこともあり、様々な髪型、髪色をしていたことを丁寧に写真つきでまとめたものだ。
痛ましいほどに浮世離れしたヘアカタログのように見える。
改めて見ると、どいつもこいつも奇抜で変な髪型だ。
そして、どいつもこいつも嫌いだ。
つい、1年ほど前までそんな容姿で平然と生きていた自分を棚に上げ、過去の自分を責める。
エンターキーに目をやり、確認する。
(いいな!押すぞ!押すからな!)
再びエンターキーは理不尽に強く押される。
そして、粋がったヘアカタログが公開され、再び会場が騒がしくなる。
今回も良い反応と悪い反応が共鳴していることがわかったが、冷笑、嘲笑も含めて笑い声が多く、わずかに好意的な反応が優勢であるように思えた。
いや、そう思いたかったのかもしれない。
(あれ……?意外と大丈夫な感じか?)
いずれにしても、徐々に会場のざわめきが大きくなっていくのを感じる。
(とにかく気にするな!はい!次!!)
次はパーティーと称して大勢の人を集め、男女が入り乱れる中、その中心で写真に映る自分の姿だ。
よりにもよって、親指と小指だけを突き立てアロハのポーズをしている。
そして、顔は見事に粋っている。
ハワイでなければ割に合わない。
実際には、友人達を集めて楽しく飲み会をしていただけだが、何か良からぬことをしていそうな若者達にも見える。
とはいえ、個人的にはこのページは前の2つに比べて羞恥がないことに加えて、自分自身に変なスイッチが入り軽快にページをおくる。
すると、今度は好意的な反応が大きく優勢に出たように思われる。
(あれ……いけるな……)
段階的な会場全体の盛り上がりに押され、気づけば歓声のような反応まで聞こえる。
(はい!ラストー!)
若気の至り、最後を飾るのは外車のオープンカーに乗る自分の姿である。
この時にはなんの躊躇なくページを送る自分がいた。
スクリーンに若気の至り最後の仕上げが写し出されると同時に歓声が会場に広がった。
当然、聴衆の中には嫌悪している人もいただろうが、好意的な反応に取り込まれ、この日1番の賑わいを見せる。
おかげで決して自分はお金持ちでは無いと説明を付け加えるも賑わいの中でかき消される。
その賑わいが静まらぬまま、プレゼン資料の最後のページにようやく到達した。
「たった1人の新入社員ということで、不安はありますが、1日も早く会社に貢献できるよう日々業務に邁進して参りますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」
(急に真面目か!ウソつけ!!)
最後の締のページだけ急に形式的でかしこまった言葉を並べていることに自分で発表していて違和感を感じ、己にツッコミを入れずにはいられなかった。
そして賑やかな会場の中で締めの言葉を聞いていた人はいないだろう。
「これで自己紹介を終わります。ありがとうございました!」
尻上がりに盛り上がる会場の中で歓声と拍手喝采が巻き起こりプレゼンが終了した。
(こいつら……明るいな…)
プレゼンを終えた安堵からか、どこか俯瞰でこの状況を見ている僕がいた。
お堅い会社というイメージのせいか、静かな奴ばかりだと思っていた。
最初の節度ある賑わいから考えると嘘のように騒ぐサラリーマンの姿が目に映る。
「いやーお疲れ様!!稀に見る大盛況だったね!」
アジトの会議室に戻るやいなや鈴木さんは興奮気味に話しかけてきた。
達成感に浸っている中ではあるが、節度ある怒りを込めて返答する。
「ちょっと待ってくださいよ!!鈴木さん!!めちゃくちゃ人多いじゃないですか!」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないですよ!!」
「面白いプレゼンそうだったから、色々声かけたら集まっちゃって」
「いやいや、絶対だましましたね……」
「まーそーとも言うね!」
(やっぱり…………)
「ちょっとー!!そりゃないですよ…」
「だって、最初から聞いてたら面白いプレゼンにしないでしょ!」
(それは一理あるが…)
「本当勘弁してくださいよー」
追い打ちをかけるように鈴木さんの口から更に隠されていた情報が明かされる。
「あと、ちなみになんだけどさ、澤村君のプレゼン資料は社内の皆が閲覧できる社内専用のポータルサイトに掲載されるから」
(………は?)
「まー毎年の恒例なんで!」
ちなみにと言うには割に合わない重要な問題だ。
「それは…資料直してもいいですか?」
「ダメだよー!!せっかくの面白プレゼンなんだから」
「いつまで掲載されるんですか?」
「次の新入社員のプレゼン資料が掲載されるまでの1年間」
「絶対嫌です!!」
「うん、責任をもって掲載させてもらいます」
プレゼンを終えた安堵感で抵抗力が落ちていたせいか、はたまた、これまでの経験から避けられないと悟ったのか、それ以上抵抗する気は起きなかった。
この後、不可抗力により僕の自己紹介プレゼンは予定以上に掲載され続け、これが原因で再び物議を醸すことになるとはこの時の僕は知る由もない。
そうこうしているうちに田代さんが満面の笑みで会議室に入って来た。
「いやー澤村君のプレゼンよかったねー!」
「田代さんお疲れ様です。めちゃくちゃ焦りましたよ…」
「えー?そうは見えなかったけどね」
(意地な平然に徹したからな!)
「そ、そんなことないですよー!」
不意に田代さんは1枚の紙を取り出し、机の上に置いて僕に見せる。
「で!はい!これ!」
僕は何か分からず、その紙を覗き込む。
そこには配属通知とあり、僕の名前と社員番号、そしてその下に「技術部」と書かれていた。
(こ、これは…)
田代さんは少しだけかしこまった様子で口をひらく。
「澤村君は技術部に配属になります。」
緩んでいた背筋が伸びる思いがした。
「あ、はい!ありがとうございます!」
急な展開に心が少し出遅れる。
そして、僅かに鼓動が早くなる。
しかし、それは決して嫌なものではなく、これから始まる技術部としての社会人生活に対する良い緊張感のようだった。
「それと!これ!」
続けて田代さんは机の上に数センチ四方の小さい箱を置いて、僕の方に向かって滑らせながら寄せてきた。
「なんですかこれ?」
田代さんは優しい笑顔で答えた。
「澤村君の名刺だよ」
それは僕の名刺が50枚重なって箱詰めされたものだった。
自分の名刺と聞いて、思わず喜びが湧き上がる。
「えっ……1枚見てもいいですか?」
「もちろん!」
箱から自分の名刺を1枚取り出す。
初めて手にする自分の名刺がこれまでの1ヶ月間の研修を乗り越えた功績を讃えた賞状のように思えた。
そして、会社の一員になったと強く実感させた。
新入社員研修の全てのカリキュラムを完遂し、いよいよ、僕の技術部としての社会人生活が始まる。
つづく