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幸せの度合いは「許し」の度合いに比例する

 こんばんは。 幸 福造 です。
 先週は体調が悪く投稿できませんでした。申し訳ありません。

 今回のテーマは、「許し」についてです。

 「許し」と一言言っても、その対象は多岐にわたります。私が「許す」ことができた内容を箇条書きで挙げてみたいと思います。また、そのときの心の台詞もできる限り添えてみたいと思います。

・幸せになること。
 ⇒「もう幸せになっていいんだよ。喜んでいいんだよ。」
・ゲームに夢中になる今の自分。
 ⇒「今はこれが落ち着くんだよね。」
・人から責められ悲しむ自分。
 ⇒「悲しいよね。辛いよね。」
・日頃から「頑張っていない」と責める自分。
 ⇒「もう十分頑張ったんじゃない?もうそろそろ報われてもいいと思うよ。」
・過去に過ちを犯した自分。
 ⇒「もう十分苦しんだと思う。あなたはそこから学んで、変わろうとしていたよ。」
・「怠け」て、決心したことをやらない自分。
 ⇒「そんな自分でもいい。今まで十分頑張った。」

 ほぼネガティブですよね。これらは、かつて全て許すことができなかった内容です。このような自分のあり方を目の当たりにするたび、自分を責めていました。

 改めて見返すと、特に『日頃から「頑張っていない」』や『怠け』の部分については、つい最近まで、「頑張ってきた」ことに気づいていなかったんだな、と感じます。

 過去の自分を俯瞰すると、どのような場面であれ、現状を打破しようと、人から褒められようと、何かしらの『努力』をしてきたのです。他人が何を言おうと、『自分なりに頑張ってきた』のです。それが、その当時の自分の『ベスト(限界)』だったのです。

 自分の頑張りなどを最後に認めてあげられるのは自分だけです。それをふまえると、今までそれができなかった(許せなかった)んだな、と感じます。

 それに気づいてから、気持ちが大分楽になりました。また、満たされない気持ちを埋めるための行動(暴飲暴食、浪費)が大分少なくなったと感じます。


鍵は、自分のあらゆる要素を許せるかどうかである。

 「陰陽の法則」で語られる通り、良いところと悪いところはワンセットであり、出会った人間にしろ、直面している出来事にしろ、『良いところに一点の悪いところがあり、悪いところに一点の良いところがある」のです。これは、自分自身にも当てはまります。

 さらに言えば、現在の人間関係や直面している出来事は、すべて今までの自分自身の内面(潜在意識)の投影です。それらが自分にとって悪いものだとしたら、それは自分の一部分を否定していることになります。

 皮肉なことに、「なんとかしよう(=否定して都合の良いものに変えよう」とすればするほど、否定のエネルギーが増幅し、新たな、またより大きな苦しみを招くのです。

 だから、「許し」が必要なのです。

 「許す」ことで、ネガティブであれ、ポジティブであれ、エネルギーが流れていきます。
 「赦す」でもいいです。過去に対してはこれを使います。
 「ゆるす」ことは、エネルギーを流すことであり、幸せであるための重要な行動なのです。

 
 だから、私はこれからも「ゆるし」続けようと思います。
 参考になれば幸いです。

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