言えない。
「明日も頑張ります」と言った次の日の朝も目覚めが悪いことなんて、
言えない。
本当は夜中に街に飛び出したかったけど、明日のせいでやめてしまったことを、言えない。
今日の服を選ぶことすら、飽き飽きしているなんて、言えない。
駅までの道ですれ違う、個性のない格好の人をちょっとだけ馬鹿にしていることを、言えない。
「同じ事をする人がいるなら、僕じゃなくてもいいでしょ」と思っているけれど、言えない。
偉い人に、「そうではありません」と伝えたいけれど、言えない。
ご飯を食べながら笑っているけれど、本当は1人でいたいと思っていることも、言えない。
しょうがないのは自分のせいって分かっているけど、本当はあなたのせいにしたいと思っていることも、言えない。
明日にはいなくなりたいのに、永遠にそこにいるフリをしているなんて、言えない。
本当はHIP-HOPなんか好きじゃないし、ブランド品だって興味がないことを、言えない。
今頷いたあなたの話に興味がなくて、ほとんど聞いていないことを、言えない。
本当はご飯を写真に撮ったところで、何の役にも立たないと思っていることを、言えない。
早く眠ってしまいたいのに、一人になってしまう気がして携帯を触っていることを、言えない。
あなたのことは好きだけど、思い通りにいかない瞬間に腹が立っていることを、言えない。
多少貧乏になっても、楽しそうなことをしたいと思っていることを、言えない。
世界でただ一人の、特別な僕であることを知っているのに、言えない。
全部、言えない。
それが悲しいことなのかすら、分からなくなってしまった。
言えないことを閉じ込めていって、言えることだけを身にまとった僕は、
誰かが見る僕を大切にし過ぎてしまうから、ある時急に心が疲れてしまった。
今飲んでいるコーヒーの、見ただけじゃ誰も気づかないくらいに混ざったシュガーとミルクみたいに、言えない僕と言える僕がごちゃ混ぜになっている。
薄々それに気づいてはいたけど、それも出来るだけ言わないようにしていて、そのうち言えなくなることも知ってる。
そんなだから寝る前に無性に走り出したくなって、気づいたら朝4時になっているんだ。
言うことは怖い。
悪気はなくとも誰かを傷つけたり、嫌われたりする。
その葛藤で、いつもムズムズする。
だけど、たった一つだけの勇気をもって、言えない僕がいるということをあなたに言うことは出来た。
それは遠回しで、格好の付かないことかもしれないけれど、おかげで少しずつ2人の僕をきちんと整理できるようになったんだと思う。
あなたのおかげで僕は僕を知った。
聞いているフリでもいいから、僕が一度シュレッダーにかけてしまった言葉をゆっくり聞いてくれると思えたあなたがいることが、僕が僕でいれる理由なんだ。
誰かを傷つけてしまいそうで言わなかったことと、勇気がなくて言えなかったことのシワを丁寧に伸ばしていって、いつの日にか僕の感情をありのまま大切にする方法を見つけられたらいい。
あなたが幸せに囲まれて、僕はそれを僻まずに祝えて、国境を越えてもあなたと繋がっていたい。
心の底から感謝していることは、まだあえて、あなたには言わない。
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