見出し画像

【伏線、ミスリード、トリック】すべての小説に役立つミステリーの技法(2012年9月号)


創作の手順

ミステリーもミステリー以外の小説も、創作の手順に大きな違いはありません。

  1. ネタ探し(アイデア出し)

  2. アウトラインを決める

  3. 文献調査・取材

  4. プロット(ストーリー)

  5. 執筆

ネタとアイデアはほぼ同じ意味ですが、ネタは素材そのままであるのに対し、アイデアは料理方法と考えてください。

とある殺人事件をネタとして使うと決め、ではそれをベースにどんな小説にするのか、ホラーっぽくするのか、ユーモアミステリーにするのか、殺人事件のどの面をクローズアップするのか、恋愛の要素を絡めたりするのか、どんなテーマを盛り込むか……といったことがアイデアになります。

その後、ざっくりとした骨格を決め、書くときに必要なことを調べます。たとえば、「トレッキングのときに起きた殺人事件」を書くのであれば、トレッキングというのはどういうもので、どんな用具が必要で、やってみるとどんな気分になるものなのか……等々がリアルに書けるよう資料を読み込んだりします。あるいは、身近にトレッキングを趣味としている人がいれば話を聞いたりします。これを取材と言います。

その際、興味が持てない分野だったり自分には手に負えない分野だと分かったら、ネタの変更をします。

その後、どの程度、プロットを作り込むか、あるいはまったく作らないかは好き好きですが、慣れないうちはいったんきっちり設計図を描いてみて、しかし、書く段になったらプロットにはとらわれずに書くといいと思います。
ただし、謎解きメインの本格推理の場合は、ヒントがアンフェアだったり、解決編に入ってから「実はこういうことがあって」と言い出すあと出しはいけませんから、ある程度はプロットを作っておく必要があります。

それらが終わったら執筆に入りますが、この時点で(執筆に入ってからも)取材が足らなければ追加し、書きながらストーリーを微調整したりを繰り返します。

ミステリーのつくり

ここでは昔話「桃太郎」を使い、ミステリーとそうでないものの作り方の違いを見ていきましょう。
まずは「桃太郎」のストーリー。

  • おじいさんとおばあさんがいる。村は鬼に荒らされている。

  • 桃太郎が生まれ、鬼退治に行く。途中でキジ、サル、イヌを供にする。

  • 鬼ヶ島に行き、鬼退治をする。

  • 村に財宝を持ち帰る。

最初に「鬼退治」という目的が明示され、最後にそれが実現しています。話は時系列で進み、あと戻りはしません。子ども向けの物語ならではの作りです。

これをミステリー仕立てに作りかえてみましょう。
ミステリーであれば、まずは事件が起きます。そこに警察や探偵が現れ、謎が提示されます。

  • おじいさんとおばあさんが殺されています。それを桃太郎が発見します。

といった感じでしょうか。
しかし、これで「犯人は鬼でした」ではおもしろくなりませんので、真犯人はサルということにしましょう

あとは結末から逆算して、サルはどのようにして犯行をしたか、どのような工作をしたか、そして、どのような手掛かりを残したかといったようなことを考えていきます。

サルは別の誰かが疑われるような工作をしたでしょうし、また、「おじいさんと誰かが言い争っていた」といった証言も必要になってくるでしょう。
では、全体の構成やバランスを見失わないためにも、登場人物ごとに上記のようなプロットを作っておきましょう

短編なら「桃太郎」のストーリーだけにしてもいいですし、長編なら「A1、C1、A2、C2……」のように「桃太郎」と「鬼」のストーリーを順番に書く手もあります。また、冒頭に無視点で、B2を書くのも定番です。

問題は動機です。「犯人はサルで、動機は空腹」ではどうにもなりません。
たとえば、「サルは非常に品行方正なのですが、魔が差し、きびんだんごを盗み食いしてしまう。それをおじいさんに咎められ、小さな罪を隠すために大きな犯罪に手を染めてしまう。アイデンティティーを守るためには人は常軌を逸してしまうことがある」とか。
とにかく、謎が解けたときに、新しい世界なり思考なりがぱっと開けてくるのが理想です。

推理小説は小説であること

フーダニット(誰が犯人か)型のミステリーでは「え? この人が犯人?」と思わせなければなりませんし、ハウダニット(どのようにやったか)型のミステリーの場合も、物理的トリック、心理的トリックを含め、「そういう方法があったのか」というトリックが必要です。
そうした知的ゲームもおもしろいですが、それだけでは深みがありません

一口に言って、つくりごとがひどすぎるのです。生活が書けていないし、人間の性格が書けていない。したがって、物語の中の人物が類型的で、機械人形のような動きしかできない。生きて、血のかよっている、われわれと同じ人間とは思えないのです。(中略)
今までの探偵小説が、トリックとか意外性のようなものにばかり重点をおいて、ほかのことはいっさいおざなり、描写も通りいっぺんなら、動機の点も解決編にチョッピリ出てくるだけというやり方に、かねてから疑問を持っていました。

(松本清張「推理小説の発想」)

松本清張の主張は「人間を描け」ということで、これは純文学と同じ。つまり、「社会派」の目指すところはパズルではなく文学だったと言えます。

伏線とミスリード

トリックには「犯人が仕掛けるトリック」と「作者が仕掛けるトリック」とがあります。
「犯人が仕掛けるトリック」には、氷を凶器に使うなどの物理的トリックやアリバイトリック、密室トリックなどがあります。
「作者が仕掛けるトリック」には、習慣や常識、思い込みを利用した心理トリックや、時系列を変えることで読者を勘違いさせたり、倒叙と見せて実は真犯人がいるといった叙述トリックがあります。
こうしたトリックを成功させる鍵は、いかにして伏線を張るかにあります。

ミステリーを書いていて一番苦労するのは、トリックを考えることでも、ドンデン返しをひねり出すことでもなくて、手がかりをいかにして、読者の目につかないように、かつ記憶の隅にとどまっているように書き入れるか、ということです。(中略)
手がかりの埋め方の具体的な方法としては、「並列法」があります。これはどういうものかというと、手がかりをひとつだけぽつんと出すと目立つから、他のいろんなものと一緒に並べる手法です。
「机の上には空のインクびん、万年筆、財布、インク消し、スポンジ、電話があって……」などと描写しておく。そして、ずっと離れた箇所に、「万年筆はカートリッジ式で」という文章を置く。
こうした二つの状況から、
「なぜインクびんがあるのか……?」
といった探偵の疑問を呼び起こす、
というわけです。

(赤川次郎「手がかりの埋め方」幻冬舎『ミステリーの書き方』所収)

読者の目を逸らすもう一つの方法は、ミスリードです。
ミスリード(誤導)は英米では「ミスディレクション」「レッドヘリング」とも言う、読者を誤った方向へ導こうとするものです。
しかし、地の文でウソをつくのはアンフェアですから、心理トリックで読者を誤導することが多くなります。
また、読者を話に夢中にさせるというのも、読者の目を核心から逸らすという意味ではミスリードと同じ効果があります

そうして伏線、ミスリード、トリックなどで仕掛け、話を終局に導くわけですが、ここで一番の問題は話をどこに落とすかということです。
ミステリーと言わず、すべての小説は「謎が解けて、はい終わり」ではなく、そこには新しい世界があります。
それは動機とも関連してきますが、犯行の理由を知ったとき、そこから新しい世界が開けてくるのが理想です。

トリックのネタに役立つ書籍を紹介!
特集「すべての小説にミステリーを」
公開全文はこちらから!

※本記事は「公募ガイド2012年9月号」の記事を再掲載したものです。

いいなと思ったら応援しよう!