【現代ファンタジー小説】祓毘師 耶都希の復讐(36)ふたりの名
私に対して“闇喰《やみく》”を行えない、と言ってきたのだ。
ここまで説明をしているにも関わらず。
「なっ、なぜですか? そっ、そんなこと今言われても納得できません」
困惑する私は、声を荒げた。身体《からだ》の芯から震えてくる、熱いものが込み上げてくるのが分かる。
“力ある者”の不思議な話しを受け入れ、覚悟を決めた矢先の「できない」告知に、怒りの情が露《あら》わになった。
「だったら、説明する前にそう言えばいいじゃないですか!?
覚悟を決めてここにいるんですよ。私に私利私欲なんてありません。なぜ? なぜダメなんですかぁ? 」
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人は激怒すると顔の赤みが増し、額の血管が浮き出てくるが、まさしくその状態のようだ。お構いなしに吠えるように、問い質した。
が、あるコトバが脳裏をよぎった瞬間、血の気が引く感。そして鳥肌が立っているだろうと思われる寒気。
声のトーンは無自覚に、下がった。
「……もしかして……もしかして、もう寿命がないってことですか? 」
答えを聞かなければならないが、視線が地面から離れない。白髪男を見られずにいた。
今の気持ちを察してくれたのだろう。すぐさま応えてくれた。
「耶都希さん、寿命については問題ありませんよ」
ホッとする私がいた。
先ほどとは違い、怒りの情を冷静さで隠すことが出来た。
「っれじゃ……それじゃあ、なぜなんですか? 」
少し間を置かれた。言葉を選ぶように、時間をかけて。
「耶都希さんはお父さんのこと、憶えていますか? 」
ここで、なぜ父のことが出てくるのか分からない。それに幼少期に両親が離婚しているため、憶えているはずもない。父親の写真さえも見せてもらったことがないのだから。
「憶えていません。……父のことと、今回のことは何か関係があるんですか? 」
脱線した感があり、胃の辺りから再び、数分前の怒りが出てこようとしていた。次の彼の発言が、それを許してくれた。
「耶都希さんと握手して確信しました。
……“闇喰《やみく》”ができない理由、それはあなた自身、“闇喰《やみく》”の力を備えているからです! 」
またもや予想を裏切った告知……呼吸をする事さえ忘れる程、脳に濃霧が覆う。頭が真っ白になるというのは、このことだ。
「なっ……ぇっ?……わっ……」
思い通りに言葉が出てこない。唾を飲み込んだ。
「なっ、なにぉ、……何を、おっしゃっ、ぃるのか、わかりません! わっ、わたっ……私にそんな、そんな力が、あるわけ、ないでしょ! ……じょっ、冗談は、やめて下さい! 」
目を閉じながら首を横に振る彼がいた。そしてゆっくりと、口を開いた。
「あなたのお父さんの名前……そう、お母さんの主人だった人の名は、湊《みなと》孝博。そして私の名は、湊源翠《みなとげんすい》」
一度真っ白になった脳では、初耳のコトバはぼかされていく。未だ理解できずにいた。
冷静に語っていた男の口調は強くなり、断言した。
「耶都希さん、あなたは私の孫! 先祖代々の力を確実に、あなたは引き継いでいる、ということです」
放心状態は続き、発する言葉さえすぐには浮かんでこなかった。
(初めて会ったこの男に、なぜ孫と言われなければならないの? )
(訳の分からない“やみく”という力を、なぜ私が持っているの? )
(母の敵《かたき》は……叶えられない? )
濃霧で覆われていた脳が次第に働き始め、複雑な想いと疑念、不満、そして怒りが一気に襲来。
しかし、驚きの連続で脳も精神も疲れているのか、爆発するところまではいかなかった。何気なく頭中で呟いた。
(この人が祖父? ……じゃぁ、後ろの人は……)
この時、連れの男を初めて篤《とく》と見る。巣立ち前の小鳥のように。
穏やかで優しい目をしているが、どことなく悲しい目。
(いや、私を哀れんでいる目)
ジャケットを着こなし、紳士さを感じた。それ以外は特徴のない、中肉中背のどこにでもいそうな中年男。
私の視線が連れの男性に向いていることを、察したのだろう。
「そう、彼が私の息子であり、あなたの父、湊《みなと》孝博です」