夜空に咲く花、君との青夏
毎年夏になると思い出すのは、小学生の時に家の近くに引っ越してきたある男の子のこと。
もう、名前も顔も覚えていない。だけど、夏になるといつも彼のことをふと思い出すんだ。
彼は同い年で、背も高くて、サッカーも出来てスポーツ万能で、クラスで人気者だった。
僕とは正反対の彼は、いつも僕のことを気遣ってくれて。本当に絵に書いたような存在だった。
毎日のように学校から一緒に帰って、毎日のように家に帰ったら彼の家に遊びに行ってた。
本当に下らない話でいつも盛り上がって、変な歌なんか歌ってふざけ合ってた。
僕の生活の中の一部には当たり前のように彼の存在がいた。
だけどある日を堺に、彼は遠くへまた引っ越すことになったのだ。
たった一年ぐらいの付き合いだった。まだ幼かった僕は最後に彼とどんな別れ方をしたのか、全然覚えていない。
彼といる毎日が当たり前だったから、離れるなんてありえなかった。もう二度と会えないなんて、きっとまだ幼い僕には考えられなかったと思う。
そして、彼がいなくなったあの日から僕の毎日に輝きが失われた。
僕はどんな思いで学校に登校して、家路へと帰っていたのか。
思い返せば、あの日からずっと孤独だった。一人ぼっちだった。
彼と会えない日々に少しずつ僕の心にぽっかり穴が空いた。
あれから一年後の夏。
まさか地元の夏祭りに彼が帰ってきているなんて。全然知らなかった。
20年も昔の今は、携帯なんて便利なものはなかった。当然、彼と連絡を取り合うなんてこともなかった。
というより、内気な僕は彼と連絡を取ることも出来なかった。
仲は良かったはずなのに、いつも彼と釣り合っていなかったことに卑下して、自分に自信が持てなかったんだろうと思う。
僕は今でもあいかわらずそうで、いつも自分に自信がないんだ。自分から当たって砕けようとアプローチする勇気もない。
大人になってもへたれなままなんだ。
最後と彼と再会したあの日は、言葉を交わせなかった。
だけど彼は、僕とすれ違う瞬間にほんの少しだけ僕の手に触れた。
後ろを振り向いた途端、後ろ姿だけですぐ君だとわかった。
君は背を向けながら右手でピースサインを作っていた。
彼は僕を忘れないでいてくれた。
だけど僕は、気付かないふりをしてしまった。声をかけられなかった。
こんなにもすぐそばにいるのに、なぜだか君が遠くに感じた。
たった一年、離れていただけなのに。
だけど思えば、いつも君は遠い存在だったような気がする。
彼は本当にいつでも輝いて見えた。そして、ほんの少し大人になった君はまたかっこよく見えた。
きっと、あれからどんどん素敵なオトナになっていったんじゃないかと思う。
今頃はきっと、もう結婚をして、子どももいて、遠くで幸せに暮らしているかもしれない。
もう何十年も連絡を取っていないけれど、どうか彼は彼のままで笑っていてほしいなと思う。
遠くから花火の音が聞こえる。夏が来るたびに、彼との思い出がフラッシュバックして僕の胸を切なくさせる。
もう二度と会えない君が今もまだ恋しい。
生まれて初めての感情を教えてくれた君の優しさ、手の体温(ぬくもり)、忘れられない。
忘れたくない。
ねえ、君は覚えていてくれているでしょうか。
時々でも僕のことを思い出してくれているでしょうか。
名前も、顔も忘れてしまった僕との日々を、どうか彼にとってもいい思い出として残っていてほしい。
僕にとって彼と過ごした一年は大切な宝物だから。