ゴットハンドは存在しない?
からだは、何でも知っているよな、と毎日思うこと。
おいおい、ちょっと今日は調子乗ってない?ってブレーキかけられる時は、眠気やだるさがくる。
昔の私は、そんなサインは無視して、超突っ走っていた。
だから、倒れるまで働いた事がなんどもある。
そんな時代でもあった。
バブル期を社会人として超えている世代だからだな、と思う。
そんな私も、もう立ち上がれない痛みから、心身のナビゲーターとして仕事をすることになったけれど、この仕事について約25年、その中でも数回、本当に倒れている。
その度に、いろんな学びを経て、今に至る。
カラダについてどんなに学んでも、やっぱり心の中の声がその司令塔であることを知ってしまった以上は、切り離せない。
心のことも、カラダのことも、どっちかだけを見る、なんて事はできないのだ。
だから、カウンセリングを丁寧に行うことを意識している。
じっくり聞き取って、今の状態がなんで起きているのか?どう改善したいのか?
現在地と目的地を共有していく。
オイルマッサージを教え始めた時に、この壁にぶち当たった。
最初は、「マッサージの方法」だけを教えていたから。
しかし、実際に教え始めると、技術自体はできるようになっても、
「結果」に結びつかない経験するヒトが多かった。
同時に、腰痛や肩こり、腱鞘炎、生理痛などの不定愁訴があるセラピストさんに多く遭遇してきた。
手が冷えきっていて、施術前に温めないとスタートできないヒトも多かった。
「教える仕事」を行う=私が「見ている視点」を教える
これを構築するプロセスは、じっくり時間をかけていた気がする。
そこには、施術を行う、という「技術」を学ぶよりも、
どう見るのか?という「見方」を学んでいく時間の方により時間をかけていました。
また、施術を行う側の身体機能が、施術に影響するというレッスンも多く行う。
特に、オイルマッサージには、施術者側の立ち位置、姿勢などが手の圧力を決めるので、立ち位置に時間をかけて行っていきました。
普段、私が見て、感じている事を具体化する。
つまり、カラダの見立てをして、トリートメントを組み立てるまでのプロセス。
身体機能の全体像が見えていることは必須。
その上で、インタビューを通して、身体に起きている状態を聞き取り、そして想像をする。
例を挙げれば、、、
右肩の痛みが取れない、背中の贅肉をとって、姿勢が良くなりたい
なんて思いを話してくれたとすれば・・・
まず、姿勢の状態を見立てていく。
右肩の痛みが取れない理由が、左肩を上に上げていることが原因だった、なんてことは多い。
これは、逆を疑え!にも書いています。
(https://note.mu/kotsubanmama/n/na644f2db3a18)
多分、ここまではどんな方も施術の中でやられていると思います。
オイルクラスでは、これに加えて「生活環境からその人の動作を推測する」というレッスンを行うのです。
つまり、全部オーダーメイド。
カラダのバランスだけを物理的に修正かけようとしても、
それは、外側を取り繕っただけになる。
その状態になってしまった「過程」を見直さない限り、その状態が根っこから改善することはないんですよね。
「自分でわかるようになる、気づける」
そこを目指したいのです。
生活環境の積み重ねが、私たちの身体を作っているのだから、
その積み重ねを、相手にわかるようにしていくのが、
本来の施術者の役割なんじゃないか?と思うんです。
だから、ゴットハンドは存在しない訳。
施術者と施術を受ける側には、ボーダーが無い。
どっちが上でもなく下でもない
お互いのバウンダリが形成されていて、その領域を崩さない。
というか、施術者のバウンダリ形成が、施術を受ける側のバウンダリ形成の後押しをする感じ。
「治すと治してもらった」という関係性ではなくて
「治すプロセスを共有する」イメージ。
自律神経講座でも共有している書籍「Boundaries and Relationships」
バウンダリは細胞膜のようだ、というストーリー。
ヒトの関係性も細胞膜同様。
だから、不調が起こっている時は、バウンダリの乱れとも言える。
オイルマッサージクラスで大切にしている「立ち位置」とは、このバウンダリ形成に繋がっている。
施術の技術向上の鍵は、施術者自身の立ち位置が定まれば良し、
不調を改善の鍵は、誰かが治してくれるのではなく、
自分自身の「気づき」をナビゲーションしてもらえるだけで良い。
見えていないところが見えるようにナビゲーションしてもらえれば、それだけで治る。
「力が入っている自分に気づく」それだけで取れる痛みも多い。
だから、ゴットハンドはそもそも存在しない。
立ち位置を知る・自分軸を知るレッスンは、骨盤•股関節大掃除