【資料】竹貫佳水「少年文学に就て」『お伽舟』1914年

少年文学研究会編『お伽舟』1914年

巻首に

世の中の多くの文學者や、教育家諸賢は、少年文學に對してどう云ふ考へを有もつて居られるであらうか、それを問ふ前に私達は先づ眞面目に此の事に就て研究して見る必要があつた。少年文學が兎も角も世の中に云爲うんゐされるやうになつたのは、昨日今日の事ではない。書籍に雑誌に、其他種々なる形式の下に、頗る盛況に、發展しつゝあるのは事實である。併しながら其の盛況に對して、世の識者はどんな態度をもつて、どんな意見をもつて此の少年文學を取扱つて居るか。殊には雨後の筍も啻たゞならざる勢ひをもつて、世に出される出版物の中には、明らかに弊害があると認め得るものも澤山ある。また必らずしも有害でないとしても、其の態度の不熱心、少くとも少年文學に對して、眞率なる考察を缺いて居るものが多いやうに思はれる。私達の云ふ事は必ずしも事業に就てゞはない。方法に於てゞはない。教育に關してゞもない。少年文學そのものゝ根抵に就てゞある。私達の主義は、少年文學の中心點に立脚して、その健全なる發達を企圖するにある。私達の主張は、斯道に對して忠實に、新しき時代に築かるべき少年文學をして、更に價値あらしむべき事である。徒らに私達の聲の大なるを嗤つてくださるな、私達は少くとも此の熱心、此の眞面目をもつて、世に臨みたいと思ふのである。『お伽の森』の出版は、私達の第一の旗擧げである。此の森の木が、今後どのやうに繁つて行くか。それは云ふ限りでないが、既に一つの會として、新しく世の中に臨むに就ては、その首途かどでに名乗りを擧げるのは當然の事であらう。

これは昨元年の冬、初めて世に問ふた我々同人の創作集「お伽の森」の巻首に述べた宣言であつた。今第二創作集『お伽舟』を出すに當つて、我々は同じ意味の言葉を記したい。幸いにして『お伽の森』は枝葉が繁つて版を重ねた。どうぞ此の『お伽舟』も善き乗客を得て、無事に港へ着くやうにあつて欲しい。たゞ頼みに思ふのは大方の少年少女諸君である。希くは一臂の力を供し給へ。

大正二年十二月二十五日

少年文學研究會同人謹識

少年文學に就て
       (自由講座講話筆記)

竹貫佳水

少年文學は非常に大切なものであるのに、之に對して注意を拂ふ人の少ないのは嘆かはしいことゝと思ひます。何故注意を拂はぬのでありませうか。

今までに少年文學として現はれて居る作物が仔細に點檢致しますると、作者が一體に少年文學の大切なることを意識して作物を公にして居るものがないやうに思はれる。

日本の少年文學は、それ自身まだ地位も低く、大した権威もないのであるから、世間から重要視されないのも仕方が無いかも知れぬ。けれどもそれで満足しては居られませぬ。

第一お伽噺と云ふても、そのお伽噺とは、如何なる範囲までのものを指すのか、それすらがハッキリ定まって居らぬではありませぬか。

私の考えによると、不良少年などゝいふものゝ跋扈するのは、一つは完全な少年小説が無いからだと思ひます。力のある少年文學がありませぬから、お伽噺を讀み飽きて、少し大きくなつた少年は、相率ゐて成功小説、冐險小説、自然派の小説に走るやうになる、成功小説も悪いことはありませぬが、今のまゝでは何等の價値もありませぬ、材料はどれもこれも紋切型で、孝行な貧兒の成功物語ばかり、しかも實際に苦學の方法でも説くことが、一足飛びに成功の階段に駈け上つてしまふ、實に漠然たるものである。商賣をして金儲けをしたといふ中にも、どんな品物を賣買して、どんな問屋の手を潜つ、どんな方法で儲けたといふやうなことを書くでもない、成功小説の書き方は今少し完全な書き方があらふと思ふ。貧兒のみ材料は採らなくてもよい、中流社会の兒童を採つてもよい、博士學士になるばかりが成功でなく、金持になるのみが成功でなく、各自の階級中にありて傑出した人物になりさへすれば、それが成功であらうと私は思ふ。世人は成功といふ言葉の解釈を誤つて居る、この點は少年を誤ること大なるものであるから、十分に注意を拂つて貰ひたい。

冐險小説に至つては實に取止めのないものである、唯だ強がることのみを土臺にして、危難の少女を救ふ位が落である、讀んで居る中は面白いか知らんが、後に何物も殘らない、今少し氣の利いた冐險小説の書き方はないものであらうか。満洲でも樺太でもヒリツピンでも実際に行つた探檢の經路など書けば、飾らなくても面白い有益なものが出來るだらうと思ふ、然るにそんなことは一向頓着せずに唯々勇壯がるばかりである。

成功物語といひ、冐險小説といひ、極端に云つて見れば皆んなこんなもので、一口にいへばつまらぬものである、それもつまらぬものといふだけで濟めば宜しいが、少年が自然派に走るのは恐るべきことである、さういふ讀物に行かない少年は悉く活動寫眞に行き、ヂゴマの如き暴漢を讃美して、逃げ方の賢い處や、盗みの巧みな處を見て喜んで居る、其筋の方は活動寫眞の弊害は認めて居つても、一方健全な少年小説が無いと云ふことをお氣付きになつてゐないらしい。

先般或る處で不良少年に關する諸報告があるとの通知を得ましたから、萬障を排して行つて見ました處、少年讀物の不足と云ふ點に對しては一向に言及されなかつた。不良に陥つてから兎や角いふのは遲い、陷る前には教はなければならぬと仰せられた。こんなことは當然のことであつて、斯んなことを聞くだけならば、何も青山から態々本郷まで行く必要はなかつた。

十年程前までは、どんな貧乏人の子でも、桃太郎やカチカチ山の話は皆んな知つて居た、然るに今日の兒童には、之を知らぬ者が澤山あるとのことである。桃太郎の話を知らぬとは嘘のやうですが、實際ださうです。私は高島平三郎先生が主宰されてゐる大日本児童学會総會席上での報告で之を知りました。『桃から生れた桃太郎』の歌のお蔭で、荒筋だけは知つて居ますが、首尾一貫して桃太郎のお話を知つて居るものが少なくなつたさうであります。何故に知らぬのかといふと、それは家庭で話して聞かさないのだらうと云はれました。話さないのぢゃない生活に忙しいから話す隙が無いのかも知れぬ、話す餘裕が無いのかも知れぬ、或は全く親兄弟とも知らぬのかも知れぬ。

日本のお伽噺としては桃太郎の如きは生命あるものである。然るに桃太郎の様な話を知るものが尠ないとあつては、我が國民性が寒心の状態に陷りつゝある階段の一歩ではありますまいか。尚深く詮索して見れば、中流以上の子供も或は知らぬかも知れませぬ、屹度知らぬだらふ、少くも桃太郎の話の精神を知つて居るものは無いであらふ。

そこで更に、何故に此の悲しむべき状態に陷つたのかと考へて見ますると、其原因は澤山ありませうが、くだらぬお伽噺が夥しく出て、其の爲めに昔の選り拔きが薄らいで來たのではありますまいか、之は大に注意すべきことであらうと思はれます。

我が帝国に桃太郎の如きお伽噺があると云ふことは感謝せねばならぬことであります。この偉大なる桃太郎の噺が、傳はり傳はつて時代々々の人心を鼓舞し來つた如く、又大正時代に於て、後世子孫の爲めに作つて置かねばならぬお伽噺であるに違ひない、母が子供に話し得るやうに大正の大家が拵へてやらねばならぬ、題材にすべきものはいくらもあらふ、然るに恰好な好題材は閑却されて、少しも時代に交渉の無いものばかり現はれる、抑も作家は如何いふ考へを持つて居るのであらうか。

子供が迷惑至極なばかりでない、その子どもが成人するのであるから大に困るではないか、故にお伽噺の大作の現はれんことを熱望すると同時に、くだらぬものは餘り作つて貰ひたくないのである、結構なものはよろしいが、漫然たる創作は止めて貰ひたい。作るならば傳説に基いたものか、國民性を養成するものか、或は又現代に交渉のあるものかにして貰ひたい。

お伽噺作家は決して澤山は要らない、小波先生が一人でも可い位のものである。日比谷図書館の児童室で注視して見て居りますと、子供は日頃耳や目にお馴染の深い作家の物ばかり讀んで居る、即ち小波先生の作物の如きが最も多く讀まれて居る。お伽噺は名を賣る爲に作るべきものでないから、誰の作でも傑作が最も多く子供に讀まれさへすればよろしいので、それが爲には吾々の作った者でもそれが若し傑作であつたら小波先生の名で出すやうにしてもよろしいのである。小波先生其人のお伽噺といふことにしても宜しいのである。併しこれは先生の方で厭だと仰しやるか知れませぬが、私はたゞ理屈を申したのであります。事柄は違ひますが、故斎藤緑雨氏が緑雨の名では賣れぬといふので正直正太夫といふ名で出しましたら、世人は之は面白いと云つて争つて讀んだ如く、又横山健堂氏が黒頭巾の名で讀者を引きつけた如く、こんな手段で子どもに傑作のお伽噺を讀ませるのも一方便かと思ひます。或る人々の中には桃太郎の話を小波の創作の如く思つて居るものさへあるのである。故にこの小波先生の盛名を利用して、明治大正のお伽噺の傑作は、悉く先生の作としても差支えないのである。我々は名を賣る爲に少年文学に携はるものでないから、斯ういふ風にして多くの兒童に讀ませて、作の精神を後代に傳へ得ればそれで満足に思ふのであります。お伽噺に名も知れぬ作家が堂々と署名なんかする必要は無い、巌谷先生なら巌谷先生でよろしい、お伽作家の大家に其の功績を捧げてもよいではないか、少なくとも私はそれで甘んずる考えである。名裁判なら大岡越前の守と記憶されるやうに、たとへ名譽は其の人に併せられても、苟もそれが次代の國民に良感化を與へることゝなるならば、満足なことではありませぬか。

お伽噺は教育的に基礎を置きますけれども、舊式の小學教員のやる樣に、であるから斯うせなければならなぬと、鹿爪らしい教訓的に陷つては面白くない。説教的にならぬと道學先生のお機嫌は悪いやうですが、少年文學の本領とはそんなものではありませんぬ。かうしちや悪いといつたからとて、子供はそれを守るものではない、大人は自分が子供であつた時の子供の心を忘れて居る、子供は悪いとは知つて居つても我儘をしたいことがある、大影響を來たさぬことならば、さうまで怒らなくてもよいのを、子供を大人並に見て叱りつける。其怒り樣がクドクドしく又激しい、之れは兒童を教育するの道には甚だ遠いのであります。世の中には子供を叱るのを道楽のやうにして居る母親がありまして、今日は叱る機會がなかつたので、何だか間の抜けた日だといふやうな母もある。斯樣いふお母さまの子になつた兒童は禍なるかなである。

假名使ひの如きでも、庭をニハと教へるから渡邊といふ字にハタナベと假名を振って得意になつて居ると、豈計らんやこの馬鹿野郎奴と叱りつけられる。ハをワと發音するやうに教へるからハをワに適用して間違ひないと信じて居るのに叱られるのであるから、子供はどうしてよいのか迷つてしまふ、故に小學の三四年までは、面倒なことは云はずに、込み入つたことは今少し上級になつてから教へた方がよいと思ひます。それから途上でよく見かけますが、小さい子供が印絆纏などを着て歩いているのがある、外國でもこどもがシルクハツトを被つたりして居りますが、是等は親が遊錢をして居るといふより外ありますまい、子供は大人とはまるで氣分が違ひますから、子供は子供としての氣分で暮らさせた方が宜しいので、大人の眞似や大人と同じ要求はせぬがよいと思ひます。着せれば子供だから得意になります。そこを考へなければなりませぬ。親爺のダブダブした大きな靴などを穿いて得意になつてゐるのと混同しては困ります。此は無邪気です、彼は厭味が伴なひます。

父母兄弟は無論、苟も子供の師長たるものは子供に對して絶大の注意を拂はなければならぬことゝ思ひます、少年の前途は即ち國家の前途で、實に由々しき大問題であるのであります。故に玩具の如きに於ても、子供の想像を逞うせしむるに足る〓〓なるものを與へれば宜しいのを、精巧緻密なる汽車電車の如き、玩具とは云へないやうな品をあてがいまするから、子供はそれに對して思考力を費す餘地がなし、是等は餘程考ふべきことであらうと思ひます。

ある時斯ういふことがありました。或る家の子供が足に風呂敷をかけて、それを動かして喜んで居りましたところ、之を見た大人は、どうしてこれ位のことが喜ばしいのかと不思議に思つて居た、〓んぞ知らん子供の眼にはその風呂敷に現はれて居た蝶々の模様が、足を動かす毎に丁度飛んで居るやうに見えたのであります、子供の見ることは大人の見方とは違ふ、目の發達した大人の見方とは〓に於て當然違はなければならなぬ筈である、故に子供に對しては大人の心を以てせずに、絶えず子供だ子供だといふ念を頭の中に置いてかからねばならぬのであります。之はお伽作家たるもので〓も忘れてはならない心掛けであらうと私は思ひます。

先頃出版された『新小説』に小川未明氏が『嘘』といふ小説を書いて居られますが、親が絶體に嘘をいふないふなと教へ込みました結果、其の子は終に大人となりましても、自分は素より悪い事は致しませぬか、他人の悪事を聞いただけでも胸がドキドキする様になり、とうとう社會的生活が出來なかつたといふ筋であります。個人として嘘をつかないのは素より宜しいことでありますが、併し現代に社會的に生活して行く上に於て、何でも彼でも絶體に杓子定規に窮屈な善惡の區別をつけるまでになつては餘程考へ物ではありませんか、是等は實に師父の常日頃注意し置くべき事項であるのみならず、少年文學創作上に於ても、この注意を缺いてはならぬ處であると私は信ずるのであります。

そこで最後に是等の要求に〓つた現代的な少年文學があるかと申しますれば、遺憾ながらございません。社會の人がお伽噺に注意を拂はなければならぬといふのは即ちこゝでありまして、その注意を拂ふに就ては豫め之が良否を判断すべき基本的の概念を作つて置く事が至極肝要と存じます。

學習院御在學の 皇子殿下が少年物の書籍を御覽になるので、御付きのお方が調査されたところ、在来のもので民状のよく判るやうな物が乏しいので殘念に思はれたといふ事を伺ひました。實際權威のある少年讀物が少しも無いのであります。私は大方の諸賢に望みます。どうぞ之からは皆様も、お目をとめて作家を御鞭撻あらんことを希望します。しますれば實に少年の幸福のみならず、實に國家の幸福と存じます。

我々は大正時代の少年文學として、後世に殘すに足るべきものを出さなければならぬ、私はたゞそれのみが望みであります。

[奧付]

大正二年十二月三十日印刷

大正三年一月二日発行

編 者 大井信勝

発行者 東京市日本橋區木町三丁目八番地 大橋新太郎

印刷者 東京市牛込區横町七番地 渡邊八太郎

印刷所 東京市牛込區横町七番地 日清印刷株式会社

発行所 東京市日本橋區木町三丁目 博文館 振替貯金口座東京二四〇番

【編注】『お伽舟』は第2創作集。蘆谷蘆村「海の底の城」、松美佐雄「ミルホリ」、大井冷光「赤い祭」、諸星糸遊「虹の塔」、藤川淡水「太郎の木」、小野小峡「友戀鳥」、鹿島鳴秋「秋の浦」、山内秋生「青い花瓶」、礒萍水「木精の姫」、竹貫佳水「熱湯」、【表紙装幀】池田永治【巻頭口絵】竹久夢二【本文挿画】本田庄太郎

(2020-05-06 21:53:04)

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