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ブルノ滞在日記14 日本学の学生さんとの交流会と文献調査の続き

昨日は記事を書いた後に、昼食を取って買い物を済ませた。その後もう少し作業をしようとしたら、猛烈な眠気に襲われた。多分PMSだ。無駄な抵抗はせずに昼寝をした。

その後、少し早めに家を出た。交流会の前に、ブルノ・モラヴィア図書館を介して予約していただいた劇場のチケットを受け取りに行こうと思ったのだ。今回利用しているチェコ文学センターの滞在助成金は、1ヶ月の滞在費(これは、日本からの渡航となれば旅費でほぼ相殺されるが……)と宿泊施設を提供していただける上に、ブルノ・モラヴィア図書館は使い放題、ブルノにある国立劇場および国立美術館も行き放題というものすごくありがたい制度だ。募集も年に2回あるし、応募すれば採用される確率もかなり高いので、チェコ文学の翻訳、あるいは、チェコ研究に携わっている方は是非とも応募してほしい(詳細はこちら)。

さて、ブルノ国立劇場のチケットセンター窓口で、チケットの受け取りに来た旨伝える。
「ブルノ・モラヴィア図書館のKさん経由で予約していただいているのですが…」
と伝えると、窓口の女性はチケットを探し始める。しかし、見つからない。予約完了書類のPDFはあるので、ないはずはない。窓口の女性は、同僚に電話したり、別の部署に問い合わせたりしながらあっちこっちひっくり返す。しかし、Kさんの名前で予約されたチケットは見つからない。ふと、窓口の女性が尋ねる。
「予約したのはKさんだけど、観に来るのは誰?」
わたしは自分の名前を相手に伝える。
「うーん、そんな名前あったかしら? なかったと思うけど……」
頭をひねりながら再びチケットの束を探りはじめた女性は、しばらくして、はっと封筒を1通取り出した。
「あ! あったわ! なんだ、なんの推理小説かと思ったわ!」
なんだ、わたしの名前で予約されていたのか……。ほっと胸を撫で下ろす。

無事チケットを手に入れてから、交流会へと向かう。開催場所は、マサリク大学教養学部のすぐそばにあるカフェだ。カフェへ向かう途中で、担当教員のM氏に日本語で声をかけられた。同い年か少し上くらいだろうか。想像していたよりもずっとお若かった。暖かくなってきましたね、などと世間話をしながら一緒にカフェに入る。

カフェにはすでに学生さんが集まり始めていた。10人弱だろうか。みなさん学部生。若さと好奇心でキラキラしている。うつ病で言語野が弱っているため、日本語で通してやろうかと思っていたが、彼らの姿を目にしたら、そんな意地悪はとてもできなかった。チェコ語で、ここ数年わたしが読んだ中で一押しの日本文学を紹介する。宇佐見りんの『かか』に関しては、文体の独特さを味ってもらいたくて、午前中に夫に冒頭部分の写真を送ってもらい、それをみんなの前で朗読した。同作家の『推し、燃ゆ』にも話が飛んだので、ついでに、最近の日本社会を理解する上でのキーワードとして、「推し」という言葉についても解説した。特に学生さんからの反応が良かったのは、やはり日本以外の国にルーツをもつ日本語作家の活動だ。日本語で書かれた文学が「日本人」や「標準的な日本語」だけに閉ざされたものではないことをしっかり伝えることができてよかったと思う。

日本文学の紹介ついでに、自分の活動の一環として『翻訳文学紀行』の紹介も行った。創刊号から第3号まで実物をお見せすると、「わー、きれいー! かっこいいー!」と歓声が上がる。なんて素直でかわいい子たち……。『翻訳文学紀行』の出版を始めた理由として、日本では出版不況のため海外文学の出版がなかなか難しいという理由を挙げたところ、学生さんのひとりが、「チェコではむしろ、若い人は海外文学ばかり読む傾向にあって、チェコ人の現代作家はほとんど読まない。だから、チェコ人作家の中にはあえて外国人のようなペンネームをつける人もいる」というお話をしてくれた。興味深い。ビアンカ・ベロヴァー Bianca Bellová とかはまさにチェコっぽくないペンネームだけれど、そういう意図があったのかしら……など想像する。わたしにとっても非常に得るものが多い交流会だった。

今朝は6時に起床。朝食をとって、夫と電話。今日は午前中に図書館で作業をしようと思ったが、生理痛で断念した。鎮痛剤を飲んでベッドに入り、交流会に参加した学生さんたちのために、昨日紹介した作家や作品のリストを作る。Kindle版が出ているものについてはリンクをはり、作家によってはtwitterアカウントのリンクも示した。彼らに少しでも日本の現代文学を身近に感じてもらえれば嬉しい。

午前中にかなり体調を持ち直したので、早めの昼食をとって図書館へ向かった。他館から取り寄せていた本が徐々に届き始めている。写真を撮っていると、メモが挟まれているのを発見。

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筆記体なので少し読みにくいかもしれないが、メモの左上に書かれている"Milenky"というのは、まさに今わたしが翻訳しているテクストの名前。このパヴェル・アイスネル Pavel Eisner という筆者による『恋人たち Milenky』というテクストは、プラハのドイツ語作家の作品に描かれているチェコ人女性の表象の変容を論じたものだ。しかし、このテクスト、様々なドイツ語作品から相当数の引用がなされているにもかかわらず、詳しい出典が示されていない。しかも、引用はほぼアイスネル本人によるチェコ語訳で、原文は表記されていない。今回の調査の目的は、『恋人たち』で参照されている作品の原文を確認し、アイスネルの訳文や解釈に誤りがないか、偏りがないかを点検することにある。おそらくこのメモを残した人は、まさにこれと同じことをしたのだろう。仲間を見つけたようで少し嬉しくなった。ジブリの『耳をすませば』に出てくる月島雫みたいな気持ちだ。

3時間ほど作業をして図書館を後にする。図書館から滞在先への帰り道には、びっくりするほど長い階段がある。その名も「階段通り Schodová」。

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帰りは、この階段通りのふもとにあるお菓子屋さんで中にクリームの入ったロールパイ(神戸名物ケーニヒスクローネのようなお菓子)とカプチーノを買い食いした。

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うーん、わたしにとっては、ケーニヒスクローネの方が美味しいかな……。

明日はブルノ・モラヴィア図書館の館長さんに図書館全体を案内していただくことになっている。明日に備えてしっかり休むことにしよう。


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