ブルノ滞在記15 ブルノ・モラヴィア図書館館長と面会
昨夜は20時ごろに床について、ターボルスカーの続きを読みながら就寝。深夜過ぎにトイレに目が覚めた。再びベッドに横になってうつらうつらしていると、突然、チェコ語でいい文章の書き出しが頭に浮かんできた。実はブルノ到着数日後に、チェコ文学センターの方から、ブルノ滞在についてH7Oというウェブサイトに掲載する記事を書いて欲しいという依頼があった。報酬はないが、何語であれ文章を書くことは好きなので、ぜひ引き受けたいと申し出た。以来、資料収集の合間にどんな記事を書こうかを案を練っていた。どうせ書くのだったら、簡素で味気ないものではなく、文学的で、他の誰にもかけないような自分らしい文章を書きたい。そう思いながらもなかなかいい書き出しが思い浮かばず、記事を書き始めることができないまま滞在期間も半分が過ぎた。夢現の頭で、思い浮かんだ文章を何度も繰り返す。しかし、思いついた文章はそれなりの長さなので、朝起きるころには絶対に忘れてしまっているに違いない。どうして良い文章のアイデアというのは、寝入ろうとする時に限って浮かんでくるのだろう? わたしは止むを得ずノートパソコンを取り出して、脳内に保存されている文章を急いで書き出した。
1時過ぎに再入眠して、今朝は6時に起床。少し眠い。朝食をとって、夫と電話をする。日本は花粉と黄砂とPM2.5で空気が淀んでいると言う。こちらはようやく暖かくなってきた頃。とはいえ、朝と夜はまだまだかなり冷え込む。
今日は午後にブルノ・モラヴィア図書館の館長、トマーシュ・クビーチェク Tomáš Kubíček さんとの面会があった。館内を案内してくれると聞いていたが、前後にアポイントメントが入っているとのことで、館長室にお招きいただき30分ほどお話をした。非常に気さくな方で、ブルノの機能主義建築群について、あるいは、近年12箇所ほど新たに設置された少し変わった銅像について(たとえば、モラヴィア国立美術館前には細長い足を持つ背の高い馬に乗ったヨシュト・モラフスキー Jošt Moravský の像があること、またヨーロッパで初めて、エジソンが発明した電球を用いた上演を行ったというマヘン劇場 Mahenovo divadlo の前には、電球の像がある)お話ししてくれた。ヨシュト・モラフスキーの像は、「ブルノ滞在日記③」に載せた写真に入り込んでいる。
また、先日観劇したヤナーチェクの『利口な女狐の物語』の話題でも一通り盛り上がった。ヤナーチェクの主な活動場所だったモラヴィアの中心地ブルノでは、近年新進気鋭の指揮者が、彼の全作品を新たな演出で上演するという試みを行なっているのだと言う。また、数年前から夏に開催されているヤナーチェク・フェスティバルは、2018年に国際オペラ賞 International Opera Award で最優秀賞を受賞したそうだ。
そんな話をしながら、わたしの専門の話に話題が移る。わたしがカフカ研究者の下で研究していた旨を告げると、クビーチェク氏は「そうですか、わたしの部屋にもカフカがおりますよ」と言って、なんとチェコの彫刻家ヤロスラフ・ローナ Jaroslav Róna がプラハに設置した有名なカフカ像の縮小版を奥から取り出してきた。「実は、これはミラン・クンデラ Milan Kundera がフランツ・カフカ賞を受賞したときのものでしてね。クンデラはこんなトロフィーはフランスに持って帰るには重いし、そのうちうちの図書館が彼の作品や手稿のアーカイヴを作ることになっていることもあるので、わたしに引き取れと言ってきたんですよ」そう言いながらクビーチェク氏は、クンデラが受け取ったフランツ・カフカ賞の賞状を見せてくれた。なんともクンデラらしい……。
その後、ブルノにある機能主義建築としては最も有名な邸宅トゥーゲンハット邸への見学を都合してくださると約束してくださった。「ブルノに来たのにトゥーゲンハット邸も見せてもらえなかったと言われては困るからね」と、クビーチェク氏は笑う。この邸宅の見学は非常に人気で、普通ならば半年前から予約を取らなければならないほど。プラハに留学していた時も、見学は鼻から諦めていたので、機会をいただけるのはとてもありがたい。クビーチェク氏は来週はイタリアのボローニャ国際児童図書展でチェコの児童文学を紹介しに行くのだという。お忙しそうだ。「そのあとでもしまた都合が合えばぜひお会いしましょう!」と言って、お別れした。すごい、こんな気さくな「偉いおじさん」いる? きっと恐ろしく忙しいに違いないのに、相手に全く圧迫感を与えない。先週お会いしたチェコ文学館のクラフル氏は古き良きヨーロッパの紳士という出立だったが、クビーチェク氏はダウンベストにTシャツという非常にラフな装いだった。
昨晩妙な眠り方をしたせいで疲れていたのだが、少し元気をもらうことができた。古本屋に行って本を漁って帰宅。今日こそはしっかり休んで、明日は家で少し翻訳作業をすることにしよう。
(カバー写真は今日寄った本屋の写真)
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