いつかの話
自分一人では歩けないと思っていた道を、手を引いて歩いてくれる影があった。
それはいくつもいくつも重なって、ゆるやかにえいえんにわたしの手を握ってくれた。
けれど、それじゃあだめなんだって。
一人で歩けなくちゃ意味が無いんだって、わたしは言った。
影は離れなかった。
わたしには、手を離す勇気がなかった。
手を離すくらいなら、繋いだまま腕を切り落とす方がましだと思った。
そのまま死んでしまえるのならそれが一番いいかもしれないとさえ思っていた。
そのまま影を呑みこんでしまえたのなら
どんなにか楽だったのに、と思う。
もっと色濃く染め上げてくれたなら
どんなにか幸せだったのに、と思う。
けれどわたしは
わたしはわたしにしかなれなくて
ある朝めざめたら、
そこには誰もいなかった。
呆気ないほどにあっさりと
わたしは、影の温度を忘れてしまった。
涙、とか
そういうものにさえ
あなたは寄り添っていてくれたはずなのに
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