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『with you』 〜あなたのそばに、ぼくもいる。

こんばんは、ことろです。
今回は『with you』という小説を紹介したいと思います。

『with you』は、著・濱野京子(はまの きょうこ)、装画・中田いくみの児童文学小説です。
全十五章あり、高校受験を控えている主人公がとあることをきっかけにヤングケアラーである少女と出会い、恋をしていくお話です。

主な登場人物は……
柏木悠人(かしわぎ ゆうと)。中学三年生。男子。陸上部だった。
緑中で、受験生。優秀な兄がおり、家族や教師からいつも比較されてうんざりしている。悠人自身は平凡な学力。兄のいる一高ではなくランク下の東高を目指す。
夜にランニングするのが日課だが、ある日暗い公園のブランコに座っている少女を見つけ、話しかけたのをきっかけに交流が生まれる。

富沢朱音(とみざわ あかね)。中学二年生。女子。
坂和(さかわ)中で、ヤングケアラー。高級マンションに住んでいるので金銭的には問題ないが、母親が病気になり、父も単身赴任中でいないので、朱音が妹の分も世話している。
マンションの近くにある坂和公園で夜に「息抜き」と称してひとりブランコに乗って休憩しているところを悠人に見られ、女の子がこんな夜遅くに出歩くなんて危ないぞと忠告される。なんだかんだ悠人が構ってくるため交流が生まれ、自分の状況を話す機会が増えた。
小学二年生の妹がいる。

新川渉(にいかわ しょう)。中学三年生。男子。
緑中で悠人の友人。志望校が同じ。サッカー部だった。
渉もヤングケアラーほどではないが、家族で介護をしていた時期があったので、朱音の気持ちがわかる。悠人にアドバイスを送る。

中井哲矢(なかい てつや)。中学三年生。男子。
緑中で悠人の友人。東京の私立校志望。彼女持ち。

柏木陽子(かしわぎ ようこ)。
悠人の母親。兄に対してばかり愛情を注いで、悠人には関心がないように見えるが、本心はわからない。
朱音の家の事情を悠人が陽子に相談したことで、朱音と会うことになり、第三者の大人目線で客観的に今の状況の整理とアドバイスをした(陽子は非常勤だが役所の福祉関係の部署で働いているので少しは知識がある)。


この物語のあらすじは……
主人公・柏木悠人は、いつも優秀な兄と比べられ、うんざりしている受験生だ。高校受験は兄の通っている一高ではなくランク下の東高にした。それでも、うっかりサボっていると落ちてしまうから、勉強はやらなくてはならない。
いつからか、両親の不仲のせいか、優秀な兄を中心に回っているせいか、自分の存在意義が見出せずにいた。父はよそで暮らすようになり、生活費は入れてもらっているものの、そこまで贅沢できない生活だった。
ギスギスした家から飛び出すように、塾のない日の夜は近所をランニングする。元・陸上部の習慣だった。

その日は、いつもより足を伸ばして坂和公園まで来ていた。
学区が隣にあたるこの公園は、小さい頃兄に連れられて来たことがあった。
懐かしんでいると、暗い公園の中に人の気配がする。
よく見るとブランコにひとりぽつんとみじろぎもせず座っている少女が、そこにいた。びっくりした悠人だが、それよりもなんだか思い詰めているというか疲れているというか、気のせいかもしれないが放っておくとひょっとして死んでしまうのではないかと心配になって、おそるおそる声をかける。

その日から、なんだか目が離せなくなった悠人は、塾のない日の夜はランニングと称して朱音に会いにいくようになった。
少しずつではあるが、朱音も悠人に心を開いてくれた。
朱音は、ヤングケアラーという言葉も知らなかったが、母親が病気をしていて父も単身赴任中でいないので自分が歳の離れた妹と母親の面倒を見なくてはならず、家事のせいで勉強ができなかったり、娯楽もできないので友達との会話にもついていけなくなった。寝不足で遅刻してしまったり、授業中もうつらうつらしている。担任の先生は母親が倒れたときに入院したのは知っているが、その後ヤングケアラーになっていることは知らず、朱音はなかなか友人や先生にも誰にも家のことを打ち明けられずにいた。

そんな中、悠人にだけは打ち明けることができ、少し心が軽くなる朱音。
一方、悠人は悩みなんてなさそうな友人の渉から、自分も小学生のとき祖母の介護を家族総出でやっていたことがあり、大変だったし、それを周りには言えなかったことを聞いて、愕然とした。こんな身近にも朱音と同じような経験をした人がいたのだ。
兄と比べられひがむようになった自分がいかに甘かったか、思い知らされた悠人だったが、朱音の助けになりたいと願い何ができるのか考えるも、とりあえず話や愚痴を聞いてあげることしか今はできず、やきもきしていた。

ある日、偶然を装ってショッピングモールで出くわす計画を立てた悠人と朱音。お互いに友人を連れてきてばったり会って、一緒に話すことになった。渉や哲矢が話を盛り上げてくれて、女の子たちも楽しそうにしている中、いつも夜に公園で会っている二人は昼間から会える喜びも相まってちらちらとアイコンタクトをとっては密かに笑っていた。朱音にとっては本当に束の間の息抜き、楽しい時間だった。

その日のあと、悠人は朱音に告白する。
けれど朱音には、悠人はやさしいから同情でそう言ってるだけだと、受験の邪魔にもなるからもう会わないと言って去ってしまった。
渉には事情を話した上で相談したが、覚悟がないからじゃないか? と言われてしまった。
相手の厳しい状況で付き合うといってもどうすればいいかわからないし、踏み込むということは無責任ではいられなくなる。朱音のことを傷つけるかもしれないし、もっと家を壊してしまうかもしれない。

悠人は決心をして、受験勉強にも励みつつ、朱音のことを思って行動した。
さて、悠人と朱音はもう会えないままなのか、二人の恋路と受験の合否は?
またヤングケアラーな状態を脱することはできるのか?
ラストはぜひ実際に読んでみてください。


この物語の大事なところ(ポイント)は、ひとつはヤングケアラーという言葉と実情をしっかり知るということですかね。私は以前からヤングケアラーという言葉は知っていて、そういう子どもたちがいることも知っていましたが実際にあったことはたぶんありません。この物語は2020年に出版されたものですが朱音もその父親もヤングケアラーという言葉を知らない設定でしたし、現実にもまだまだ認知度は高くないということです。悠人のお母さんが朱音に言ってくれたように、学校に来ているソーシャル・ワーカーに相談してもいいし、まずはお父さんに実態を知ってもらい学校とも協力していくことが可能なら、それがいいと思います。福祉の制度を頼ることも大事ですよね。まだまだヤングケアラーな子どもを救えるほど充実した制度や補助はないのかもしれませんが、高齢化社会や少子化の問題も含め、これからの課題なのかなと思います。
もうひとつは、ヤングケアラーだって恋をしていいということ。というか、誰かを想う気持ちが日々の癒しや活力になることだってあると思うんです。それに、本気で人を好きになったら自分のことも大事にしなければいけなくなるので、ヤングケアラーであることをどうやったら脱することができるのか本気で考えると思うし、またやめることはできなくてもみんなで協力したり支援を頼ったりして朱音ひとりにかかる負担を減らす努力が必要になってきます。勇気ある選択を、愛が味方して、選ぶことができるようになるんですね。
悠人の立場だったとしても、覚悟を決めて大人を頼ったことがいい結果を生むかもしれないし、公民の勉強は苦手だったのに朱音という存在と出会ってから興味が湧いてきたり、関わることで見えてくる世界が変わったりします。そして、たくさん勉強して、現実を見て、一緒に悩んで考えていく。そうやって一緒に歩いていってくれるのは、朱音にとっても心強いことだと思います。
それに、やっぱり第一に自分のことを愛してくれる人がいるというのは、何よりも幸せなことです。殻に籠らず、広い世界のほうへ歩いていってほしいなと思います。


さて、いかがでしたでしょうか?
朱音のヤングケアラーという問題を取り上げつつ、悠人の家族も冷え込んでいる状態から少しずつ会話が増え、誤解が解け、話すことって大事だなと思わされることが多かったです。まあ、いろんな家族があるので、誰一人として苦労していない家庭はないと思いますが、友人同士支え合い、恋人とも愛し合い、乗り越えていけるものなら乗り越えていきたいですよね。
児童文学はヤングケアラーや両親の不仲や不在、病気をしている片方の親のために残りの家族が一致団結して家事をこなす現場を書いているものは多いです。学校の問題だけでなく、家庭内の人にはなかなか言えない問題も、物語として読むことで、客観的になれるかもしれないし、勇気をもらえるかもしれないし、何かヒントをもらえるかもしれない。周りにこんな子がいるかもしれないと思えるようになるだけでも全然違うと思いますし、何より読者の気持ちが救われることがあればいいなと思います。

それでは、また
次の本でお会いしましょう〜!

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