小説の連載を始めます!『すずシネマパラダイス』第一話
【はじめに】
この投稿をしているのは、2019年1月1日です。
私はちょうど一年前の2018年1月1日にnoteへの投稿を始めました。
私にとっての”note記念日”でもあり、新しい年の始まりの日でもある2019年1月1日から何か始めたいと思い、連載小説の投稿をスタートすることにしました。
タイトルは『すずシネマパラダイス』。
能登半島の先っぽの町「珠洲(すず)」を舞台にした、町おこしエンターテイメント小説です。
お楽しみいただけたら嬉しいです。
【第一話】
――演歌のカラオケビデオかよ。
故郷の海に向かって、心の中で毒づいた。三月といってもまだ風は冷たい。鉛色の日本海で、また波が砕けた。
ここは能登半島の先っぽ、石川県珠洲(すず)市の海岸。
200メートルほど先には小さな島が見える。その形から「軍艦島」とも呼ばれる見附島だ。長崎にも、世界遺産に認定された同じ名前の島があるが、あちらを精巧なプラモデルに例えるなら、こちらは子供が風呂に浮かべて遊ぶおもちゃのような風貌で、観光ポスターには必ず登場する能登のシンボルだ。
一雄は、両手の人差し指と親指でフレームを作ると、まん中に軍艦島を据えてみた。片目でにらみ、絵になる構図を探る。
いつからか、これが一雄の癖になっていた。いや、癖というより好きなのだ。正直に言えば、人に見てもらいたくてわざとやることだってある。いっぱしのクリエイター気分……。それは、いつでも一雄を甘く酔わせてくれる。
金色にブリーチした髪も、スタッズだらけの革ジャンも、言ってみれば一雄なりの演出だ。俺はそこら辺のヤツとは違う。オッサンたちは勝手な上から目線で「ゆとり」だの「さとり」だのレッテルを貼りたがるけど、二十一って年齢だけで一括りにされるなんて冗談じゃない。浜野一雄は誰にも媚びたりしない。俺が信じるのは、俺の感性だけ。
――ということをファッションで表現しているつもりだ。
だが、寒風吹きすさぶ海岸に人影はなく、”イケてる俺”を見せる相手はいない。 フン、と鼻を鳴らすと、一雄は足もとのスポーツバッグを担いで歩きだした。
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「カズちゃん、お帰り!」
母の晴香は待ちかねて、玄関先まで出てきていた。
「どこ行っとったん? 遅いし心配したわぁ」
言いながら腕をからめてくる母に、一雄は仏頂面で返事をした。
「別に」
その日、夕飯のテーブルにはブリと甘海老の刺身にズワイガニと、珠洲の海の幸が並んだ。カニの皿の向こうに、父、耕平の不機嫌な顔が見える。
耕平は珠洲市役所の総務課長だ。一雄は母に似て小柄なのだが、父は無駄にガタイがいい。
久しぶりに帰って来た息子に、耕平は話しかけて来ようともしない。一雄の方も父がそばにいるだけで気づまりで、黙り込んでいた。
そこに、台所から母がやって来た。
「お待たせぇ」
刺身にカニだけでも充分豪勢なのに、母はさらに能登牛のステーキを運んで来た。食欲をそそる匂いがするが、父の角ばった顔が目に入ると、とたんに気持ちが萎えてしまう。
「はい、カズちゃん、ビール!」
母に言われてグラスを差し出しながら一雄は思った。
この空気の中で、そのハイテンションは何なんだ?
四十を過ぎても、母にはどこか少女っぽさがある。好奇心いっぱいの大きな瞳に、甘い声。そして見た目に似合わずハートは強く、父の仏頂面を前にしても、まったく怯む様子がない。
「ほら、お父さんも!」
父と自分のグラスにもビールを注ぎ、母は満面の笑みで言った。
「カズちゃん、卒業おめでとう! かんぱーい!」
一雄と父のグラスに勢いよく自分のをぶつけると、母は一気にビールを飲み干した。
「はぁ~、沁みるわぁ~」
豪快な飲みっぷりに呆れ、父が小さくため息をつく。
「ねえ、お父さん、あれ!」
母が指さした先には、額装された一雄の卒業証書が掛けられている。『東西学園映画専門学校』というのが、この春、一雄が卒業した学校の名だ。
父は証書をちらりと見ると、フンと鼻を鳴らした。
「ちょっとぉ! カズちゃんせっかくがんばったがにぃ」
口を尖らせる母を無視して、父は一雄をにらんで来た。
「お前、この先、どうするつもりや」
「……さあ」
「さあ!? なんや、その態度は! 東京で映画監督んなるっちゅうて息巻いとったモンが、すごすご帰ってきて恥かしないんか?」
「お父さん! カズちゃん、ちゃんと東京で就活頑張ってんよ。ほんでも、今は就職も、私らのころよりずっと難しいさけねぇ」
母にかばわれると、無性に腹が立った。
「っつうか、俺が入りたいような会社なんか全然なかってんて! 面接に出てくるオヤジども、どいつもこいつも頭硬いし、センス古いし」
すると、父がまた鼻を鳴らした。
「なんもできんモンがいっぱしの口利いて。学費やら仕送りやら、お前に使うた金は、ドブに捨てたようなもんやな」
「うるせえな! 金なら働いて返すわいや!」
「お前みたいなモンに、何の仕事ができる!」
「もう、二人とも止めてま!」
母が仲裁しても、父の怒りは治まらなかった。
「大人しく高校出た時に就職しときゃよかったんや! せっかく輪島のおじさんがいい仕事紹介してくれとったがに!」
「ああ、しつこい! いつまでその話蒸し返すげんて!」
そのとき、電話のベルが鳴り出した。母は席を立ち、一雄と父は仕方なく口をつぐんだ。
「はい、浜野でございます。……あら藪下さん、どうも。……えっ? 一雄ですか?」
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藪下栄一が浜野家に電話をする羽目になったのは、この日、久しぶりに外に飲みに出かけたせいだった。
珠洲市役所近くの飯田商店街にあるスナック「シャトー」は、七十を過ぎた陽気なママが一人で切り盛りしている。日が暮れる前から栄一がカウンターに座り、日本酒をあおっていると、珠洲商工会の中心メンバーたちがやって来た。
珠洲岬に建つ温泉旅館「ランタンの宿」を経営する織田悟、代々続く呉服店の店主・広岡雅治、保険代理店を営む清水剛。三人そろって五十代だが、七十八になる栄一にとっては、赤ん坊の頃から知っている面々で、”小僧ども”としか思えない。
三人は、テーブル席で深刻な調子で話し続けていた。どうやら商工会の会議が思うように進まず、場所を変えて続きを、ということになったらしい。
「ミスコンっちゅうがはどうや?」
商工会会頭の織田の声はよく通り、背を向けて飲んでいる栄一にもはっきりと聞こえた。
「ミスコンなぁ……。ここらのモンは盛り上がるかもしれんけど、町おこしにはならんやろ」
そう答えたのは広岡だ。呉服の展示会だ、仕入れだと、北陸三県を飛び回っている忙しい男だが、商工会の活動にも熱心に取り組んでいる。
「ほうやなぁ。例えばの話、東京のモンらがわざわざ田舎のミスコン見に能登の先っぽまで来るとも思えんわなぁ」
ため息交じりに言った清水は高校時代、演劇部に所属し、アクション俳優になりたいと言っていた。しかしそれも今は昔の話。つるりと広がったおでこと丸い体型からは、「珠洲の真田広之」と自称していた頃の面影は感じられない。
話はそれきり行き詰まり、三人は黙り込んだ。場を盛り上げようと、ママがカラオケで十八番の『能登半島』を熱唱したが、おざなりの拍手がパラパラと起きただけだった。
「……映画は?」
清水の声に、栄一はハッとした。
「最近、ご当地映画っちゅうヤツが流行っとるらしいぞ」
ほう、と織田と広岡が興味ありげな声を出した。
「珠洲の自然やら祭りやら、何もかんも映画で全国にPRするっちゅうがは?」
「おお、そりゃいいな!」
日ごろ冷静な清水がめずらしく興奮している。ママもテーブルに着き、一緒になって盛り上がり始めた。
「珠洲で映画撮るが? いいねぇ。私も出たいわぁ」
この辺りで栄一は、黙っていられなくなった。
「フンッ、ダラ臭い」
”ダラ”とはこの辺りの方言で馬鹿のことで、”ダラ臭い”は、馬鹿らしいという意味だ。
栄一がテーブル席の方に向き直ると、三人が目を丸くしていた。
「商工会のお偉方か知らんけどな、お前らみたいな素人が映画!? ハハ! ちゃんちゃらおかしいわ!」
そう吐き捨てると、三人がムッとしてにらみつけてきた。
栄一は椅子から降りて、彼らに近づいた。足もとがふらつき、自分は酷く酔っているらしいと気づいたが、小僧どもに言うべきことは言わねばと、何とか体勢を整えた。
「お前らが、本気で映画創りたいがなら……わしに任せ!」
トウが立った小僧たちは、一転してきょとんとした顔になった。
「お前らは金だけ用意せえ! ほしたらわしが、ちゃーんと撮ってやるわい!」
すると広岡が立ちあがり、ずいとこちらに顔を寄せて来た。
「……間違いなく、撮ってくださるがですね?」
「おう、男に二言はないわい!」
その後、栄一は、
「一週間ほどで計画の目鼻をつけて、お前らに報告する」
と言い切ると、その勢いのまま店を出た。夜風に当たって小一時間歩き、見付海岸を臨む自宅に着く頃には、酔いはすっかり覚めていた。
『民宿やぶした』の看板を掲げた玄関の前には、古ぼけた犬小屋があり、ご主人の帰宅に気づいた老犬ゴローがしっぽを振って出てきた。その頭を撫でながら、栄一はつぶやいた。
「なーんであんな大風呂敷、広げてしもうたがかなぁ」
酒の勢いで言ったことなので、水に流してほしい。そう言って、商工会の三人に頭を下げようかとも思ったが、到底プライドが許さない。
さて、どうしたものかと考えているうちに、数日前、ゴローの散歩中に近所の愛想のいい主婦、浜野晴香から聞いた話を思い出した。
「うちの子ぉ、東京の映画の専門学校卒業してぇ、今度帰って来るがですぅ」
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一雄は子供の頃から、『民宿やぶした』のじいさんが嫌いだった。いや、一雄だけではない。町の子供たちはみんなが煙たがっていた。雑種犬を連れ、近所をパトロールのように歩いては「赤信号渡るな!」、「知ったモンに会うたら、あいさつせえ!」と叱ってくる口うるさいジジイ。藪下栄一にはそんな印象しかないため、いきなり呼びつけられて何ごとかと思った。
電話に出た母によれば、栄一は一雄に折り入って頼みたいことがあるのだという。母が一雄の返事も聞かずに、「明日伺わせます」と返事をしてしまったため、朝っぱらから民宿やぶしたを訪ねることになった。
「ごめんください」
引き戸を開けて声をかけると、奥から栄一が出て来た。
「おう、来たか」
一目見て「年、取ったな」と思った。一雄が珠洲を離れていた三年の間に、ずいぶん白髪が増え、皺も深くなった。だが相変わらず眼光は鋭く、栄一はギロリとこちらをにらんで言った。
「まあ、上がれや」
付いて行くと、食堂に通された。二十人ほどが座れるだけのテーブルが並んでいたが、客はまったくいない。廊下でも人の気配を感じなかったから、民宿は、開店休業状態なのだろう。
景色は、いいがになぁ……。
と、ガラス戸の向こうの見附島を眺めて思っていると、栄一が茶を淹れて来た。黙って湯呑みを置くと、栄一は一雄の正面に座り、品定めするような目を向けて来た。
「……好きな映画、言うてみい」
「はぁ?」
唐突な質問に、素っ頓狂な声が出た。
「何や、耳遠いんか?」
「あっ、いや……。好きな映画……レザボアドッグス、とか」
「あん? 何やて?」
耳遠いの、そっちやろ。
心の中でツッコみながら一雄は大きな声で言い直した。
「レザボアドッグス! クエンティン・タランティーノの!」
「……」
黙っているところを見ると、知らないのだろう。まあ、こんな年寄りにタランティーノ作品の魅力がわかるはずもないかと思い、フンと鼻を鳴らすと、栄一の顔が険しくなった。
「キューポラのある町」
「えっ?」
「愛と死を見つめて」
今度は一雄の方がきょとんとしてしまった。
「なんや、知らんがか。お前、映画の専門学校出たがやろ?」
「そうやけど」
「一体、どんな学校や」
「卒業生に有名な監督、いっぱいおる!」
「ほぉ。ほんなら、お前もちゃんとした映画撮れるがやな?」
「えっ……まあ」
「まあ?」
「撮れる!」
栄一の態度にむかついて、一雄は反射的にそう答えた。
「ほうか……。ほんなら、撮れ」
「えっ?」
「金なら心配要らん。商工会が出すっちゅうとる」
このじいさん、さっきから何を言ってるんだ?
困惑する一雄に向かって、栄一が唐突に大きな声を上げた。
「町おこしや、町おこし! お前とわしで、珠洲の映画撮るがや!」
「はあ!?」
「商工会の連中が、わしに『どうしても』っちゅうて頭下げてきたがや。ま、わしがプロデューサーで、お前が監督っちゅうわけやな。お前、どうせ暇ながやろ? 就職、どこも決まらなんだて、近所のモンらが言うとったぞ」
腹の立つ言い方だが、一雄が暇なのは事実だ。
「珠洲の映画って……ドキュメンタリーってこと?」
「いや、話はお前が作りゃいい。どんな内容でも、面白けりゃ、ほんでいいわい」
「面白けりゃ……」
「どうする? やるか? やらんがか?」
<第二話に続く>
※今回のトップ画像は、第一話冒頭に登場する「見附島」です。
※この物語はフィクションです。「珠洲市」は実在する市ですが、作品内に登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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