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思い返すと両親って偉大だなと思う。書く習慣1か月チャレンジ5日目!

さて、書くチャレンジも5日目を迎えました。
私の住む地域はジメジメした暑さ。
頭も働かない気候ですね…
夏は嫌だけど、この季節はもっと嫌ですね。
思考力が落ちることが1番嫌。

嫌なことから書いてしまいましたが、今日も5日目のテーマを書きたいと思います。

書く習慣1か月チャレンジDay5!

昔はどんな子どもだったのか

今思い返せば、生きずらさを感じていた幼少期。

小学校は先生と揉めまくって、母親はよく学校に行っていました。
中学校も先生と揉めることがあり、父親が登場していました。

高校は商業高校だったので、とにかく電卓をはじいて勉強の毎日でした。
不登校気味にもなりました。

友達もそこまで多いほうではなく、どちらかと言えばクラスの隅っこにいるタイプ。
目立ちたいことをしたい、など全くなく、地味に生活したいと思っていたと思います。

今でも友達は片手で数えられるぐらい。
人付き合いは苦手でした。

学校生活ではなにかと揉めごとを起こし、高校のときは少々不登校になったりもした私。
ですが、家庭ではそんなことはなく、両親はのびのびと育ててくれたと思います。

両親の存在があったから、何があっても耐えられたのかなと思います。
何があっても私の味方をしてくれる2人でした。

私の人生を語るのに欠かせない存在

誰しもがそうかもしれませんが、私のなかで両親は大きすぎる存在。
特に母親は、私のことをよく分かっていて、何か悩んでも的確に答えてくれる存在。

勉強しなさい!なんて言葉は一度も言われたことがない。
本当に記憶のなかで1度も言われたことがない。

高校卒業後は就職するつもりだったのに、突然短大に行くと言い出した私に対しても、何も言わず行かせてくれました。

あちこちよくお出かけに連れて行ってくれ、家族仲良かったと思います。
今でもよく子ども達も含めて一緒に出掛けることは多く、大好きな存在です。

結婚したら両親のような夫婦になりたい。
そう思っていました。
※5年で離婚しました。笑
今でももし再婚したら、両親のような夫婦を目指したいと思っています。
…予定はないですが。

やんちゃばかりしていた幼少期

よく覚えているのは、小学校6年のとき。
先生と折り合いが合わず、うまくいかない毎日でした。
今でもこのときの先生は本当に好きではないです(^^;)

あるとき、何がキッカケか忘れてしまったのですが、担任の先生を大きく揉めました。
プツンとなにか切れてしまった私は、ランドセルも持たず靴も履かず、上履きのまま学校を飛び出しました。

裏門から脱走し、学校の近くで働いていた母の職場まで猛ダッシュ。
当たり前ですが先生が追いかけてきていたので、逃げることに必死でした(^^;)

母の職場までダッシュで行き、そこからは母が何も聞かずに対処してくれたことを覚えています。

スッと外に出ていき、自分があとで学校に行くから娘を追いかけないでほしいと先生に頭を下げ、私を家に帰してくれました。
あの時の母の姿は鮮明に覚えています。

そのあとは母は、仕事が終わって学校へ行き、先生と話をすませ、靴とランドセルを持って帰ってきてくれました。

今では笑い話ですが、何があっても母がいる。
自分のなかでは安心感しかなかった。

他にも何度か先生と揉めたり、不登校気味になったりもしましたが、そのときは必ず父と母が自分のことを守ってくれた。

ありきたりですが、今思い返してみても感謝しかないです。
自分も、何があっても私がいる!と、子供達に思ってもらえる存在になろうと思って、母親業に勤しんでいます。

その反面、生きづらさがあった幼少期

両親の存在は大きかったですが、やはり生きづらいなと思うことは多々ありました。

まず、花火や運動会の合図音、風船が割れる音など、大きな音がずっと苦手でした。

母親曰く、小さいときに花火大会に行ったときに音にビックリして大泣きした、と聞きました。
それ以来、どうやらダメなようです。
そして、今でも苦手です。

教室のガヤガヤ音も苦手だったので、クラスの中にいることも苦痛でした。

それから炭酸や辛いもの、酸っぱいものなど刺激物が苦手。
辛いものは一切ダメですし、コーラなどの炭酸は飲めません。
炭酸が苦手というと、珍しがられました(^^;)

人見知りは激しいほうで、友達は少ないタイプです。
仲良くなるまでに時間がかかり、仲良くなってもずっと一緒にいるのは苦痛で仕方がないです。

それでも中学、高校のときは周りに合わせていました。

よく中高生が行く「カラオケ」
私はカラオケが大嫌いです。
大きい音がなるしうるさいし、歌うの好きじゃないし。
嫌でたまらなかったのですが、周りに合わせて行っていました。

みんながハマっていること、興味があること、ブームなこと。
それに興味がなく、ドラマも興味がないのに見て、みんなの会話に合わせる。
そんな学生時代でした。

そんな私なので目立つことは本当に嫌で、ひっそりといたかったのですが、なぜか中学校、高校と部活動の部長になったり、目立つ位置にいることが多かったです。

中学校はあみだくじで当たり。
高校はじゃんけんで負ける。

そして、今でも子どもの幼稚園でPTAの三役をやり、小学校ではPTAの副会長をやる。
なぜか知りませんが、そういう役割が回ってくるのは今でも変わらないです(^^;)

まだまだありますが、様々な場面で
「生きずらいなぁ」「生きるのって大変だな」
そう思うことが多かったです。

そんな私が大人になって

社会人になり、結婚、離婚と経験し、今になって思うこと。

私ってめんどくさい人。笑

基本的にひとりが好きです。
でも、ずっとひとりは嫌なので、たまには人と一緒にいたい。
でも、いくら友達でも人と一緒にいる時間は3時間くらいが限界。

そんな面倒な人です。

子ども達でも1日ずっと一緒は疲れてくる。
そう考えると、よく私結婚できて、母親やれているなと思います。
※結婚はうまくいかなったですが、なんとなく理由が分かる。笑

自分ってこういう人。

そう理解できたのは、フリーランスで仕事をするようになり、自己啓発本をよく読むようになってからだったので、だいぶ理解するのが遅かったです。

昔のことを思い返しても、外では周りに合わせて窮屈に生きて、家庭ではだいぶ自分勝手に、自由にやってきたなと思います。

今でこそ両親に、昔から私は「マイペースすぎる人」「何してるか、何考えているか分からない」と言われます。
でも、両親からするとそれが私らしいです(^^;)

ただ、その後にこう言われました。
何してるか、何考えてるか分からないけど、何か根拠があって動くから、あまり心配はしていない。

ありがたいですね。
根拠のない信頼がある。
両親ってすごい。

昔はどんな子どもだったのか。
思い返せば思い返すだけ、両親のすごさを実感します。

Day5!終わり!

さて、書く1か月チャレンジも5日目を終えました。
何となく今日のテーマは難しく、あまりまとまっていない気がする。

でも、いしかわゆきさんの著書にもあったように「公開する側の人間」なるために書いているので。
ヘタクソでも公開していくつもりです。

いかに本音をさらせるか。
そこを意識して、思いのまま書いています。

今日も読んでくださり、またスキをくれた方もありがとうございます!
また明日もアホになって、自分をさらして書きますよ。

ではでは。
今日も1日おつかれさまでした。
今日も1日頑張った!
自分を褒めたたえて、良いエネルギーに包まれて寝ましょう♡

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