熊谷達也「邂逅の森」
とても力強い 生きる力の凄みを感じさせる小説
時は大正時代 秋田の山奥の小さな村で
マタギの家に生まれた男の一生を描く
代々受け継がれた独特の狩猟法で狩りをするマタギ
それを生業として生きていた若い富治は 有力者の一人娘と恋に落ちたことで 村を追われ 鉱山で工夫として働くことになる
それでも山や狩りへの思いや 愛おしい人への想いを断ち切れない富治は 再びマタギとして生きる決意をし 厳しい道を歩むことになるのだが…
常に山の神や自然への畏怖や敬意を持ちながら 獣たちと命をかけて闘うマタギ
頼れるのは己の感覚と力のみ
つい何十年か前までは こういう武骨な男の人達が本当に生きていたことに感嘆する
最後のクマとの格闘場面の 本当に目の前で繰り広げられているような臨場感に 読み終わってからもしばらく心臓がドキドキしていた
そして愛おしいものを守ろうとする女性達の 芯の強さにも感動させられる
子どもであったり 夫であったり 想う相手の幸せを願った時の女の強さは半端ではない
男と女のこととか 何が幸せかとか かたちはひとつではない
普通だとか一般的であることがただひとつの正解とは限らないと思う
いつの頃からか人は 周囲と同じものを欲しがり 誰かが決めた枠に自分を当てはめるのが当然になってしまったけど
私たちは本来 もっと自分の感覚を頼りに いろんなことを決めてきたはず
たとえば 豪邸や高級車や美しい女性を手に入れる またはそれを手にした男性に選ばれて豪奢な生活を送るのが 富の象徴であり成功の証である
そんな画一的な価値感に 私たちはいつから縛られるようになっていたのだろう
たった100年前の日本人には もっと豊かでたおやかな感覚があった
でも 今さらその頃に戻ることは不可能だろう
どうにもならないことというのは ある
それでも 人間も森にすむ獣と同じ「生き物」である
自分の生業や伴侶 自分の生き方そのものを 私たちはもっと己の感覚を信じて選んでもいいのではないかなと思う
「邂逅(かいこう)」とは思いがけなく偶然出あうこと
人生において深い影響のある出会いや 切っても切れなかったりまた繋がるような縁もあり
たとえ偶然の出会いでも そこには必ず意味がある
人生は邂逅の連続だなとあらためて思う
(2013.01.30)
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