万葉集翻案詩:『手児名の物語』
鶏が鳴く 東の国に
いにしへに ありけることと
今までに 絶えず言ひける
勝鹿の 真間の手児名が
麻衣に 青衿着け
ひたさ麻を 裳には織り着て
髪だにも 掻きは梳らず
沓をだに はかず行けども
錦綾の 中に包める
斎ひ子も 妹に及かめや
望月の 足れる面わに
花のごと 笑みて立てれば
夏虫の 火に入るがごと
港入りに 船漕ぐごとく
行きかぐれ 人の言ふ時
いくばくも 生けらじものを
何すとか 身をたな知りて
波の音の 騒く港の
奥つ城に 妹が臥やせる
遠き代に ありけることを
昨日しも 見けむがごとも 思ほゆるかも
(「万葉集」巻⑨・1807 高橋虫麻呂歌集)
『手児名の物語』
鶏が鳴く東の地方で
遠い昔、本当にあった事して
今までずっと
語り伝えられてきた物語…
このお話の主人公は、勝鹿に住んでいた
真間の手児名(てこな)という女の子
彼女は粗末な麻の衣に
青い襟首をつけて
麻だけで織ったスカートを履き
黒髪も梳かす事なく
沓さえ履いていない…
それなのに
その可愛らしさは
立派な錦に包まれて
大事に育てられたお姫様も叶わない
円いお月様のように
満ちた足りた顔で
花が咲くように微笑むと
飛んで火に入る夏の虫の如く
または
大きな港に一斉に船が入ってくるが如く
たくさんの男たちが一斉に
彼女に愛を告げてくる
人なんて
そんなに長く生きれるものではないのに
どういうつもりだったのか、
たくさんの男に言い寄られ
どうしようもなくなった手児名は
自分の身の上を嘆き
自らの手で、その命を終え
波の音が騒がしく響く この場所で
永遠に眠ることになってしまった…
遠い昔の事なのに、
この悲しいお話を聞いていると
その出来事が
昨日見た事のように思われて
手児名という
いにしえに生きた子の事に
想いを馳せてしまう
人の世は、なんて悲しいのだろう…