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多剤処方の現実の中で。
「精神医療の現実――処方薬依存からの再生の物語」嶋田和子著 萬書房 という書に出会いました。
残念ながら、私が出会う数々のクライアントさんが、この書に紹介されているような状態になっています。自分の知っているあの方、この方のようです。心療内科に通い、数年も治療を受けている人の多くは、じわじわと薬を増やし、もはや抜け出せないように感じておられます。しかし、そんなことはない、と私は考えます。この書は要約すると、「精神科の医師の治療をきちんと受け、処方された薬をのんでいるにも関わらず、薬物依存状態になったり、症状が悪化して長年過ごす患者さんが多い」という主張のものです。もしかしたら、こうした領域に触れた事のない人たちからは極端な内容の本に思われるかもしれません。しかし、残念なことに、私が、現場で体験した現実は、このとおりのことがあるのです。
心理カウンセリングがしばらく継続すると、一定の効果を表し、ひどい不安やうつ状態から脱することが多いです。しかし、問題はそこからなのです。回復のプロセスは直線状の上昇軌道、とばかりはなりません。多かれ少なかれ、好調と不調の波を見せながら、回復の道をたどります。三歩すすんで一歩下がる、と表現してもいいかもしれません。あるいは、面接初期には前面になかった課題が前面に立ち現れ、対話は方針を切り替えることになり、その課題に取り組む間はまたしばらく症状が戻ってくる……という時期もあります。けれどおおむね、しばらく平坦な踊り場を過ぎたらまた階段をひとつひとつ上り、回復の道は進んでいくものです。
困るのはその停滞期に心療内科医に「どうですか?」と聞かれたクライアントさんは正直に「ちょっとまたしんどいです」と答えざるを得ない。すると症状が出た、と思った医師が薬を増量してしまう、ということになります。あるいは「この薬は効いてない。なら、別のを」と試してなかった薬に切り替える。
以前から5種、6種と薬をのんでいる方が増量したりすると、またなにかしらのしんどさがのしかかります。その身体や気分で感じるしんどさは当然「やっぱりだめかも」という気分を連れてくる。うつ、不安も強くなる。するとまた医師は薬を増やし、あるいは切り替え、……せっかく手ごたえのあった心理カウンセリングは、増量される薬によってまたあともどりし、クライアントさんは途方に暮れて、希望を失う……病気との闘いではなく、多剤処方との闘いのようなことになってしまいます。
あるいは、長年薬に慣れ親しむと「薬がないと不安」という信仰のような気分にとらわれてしまう方もおられます。症状が軽くなるにつれて「薬は減らしましょうね」と心理師は提案するのですが、頭では理解しても、どうしても減らすのは心細い。慎重になってしまう。そして、ちょっとした日常のストレスが来ると、すぐに増やしたくなる。こういうことを繰り返すと、薬は長年ずっと減りません。むしろ増えます。心や生活上の問題とは無縁な薬の影響で、状態はいつまでも軽くならないのです。薬は5種、6種のように多剤服用状態になると、もはやどれとどれの混用がしんどさを連れてきてるのか、判別がつかなくなります。きれいな絵の具も5つ6つを混ぜるといずれ黒に近い重い色になるように、身体にはひどい負担になってしまうのです。心身には問題がなくても、薬の多さ自体がダメージをもたらすのです。
第二章にある「流行病としての双極性障害」という診断も目につきます。回復にはつきものの波が「そううつの波」とみなされて、きつい薬が出されるのです。双極性障害ではない方がまじめにそんな薬を続けると、身体はきついダメージを受け、健康は去ります。うつ、不安、パニック、興奮、のような苦しい症状が前のように戻ってくる。それだけでなく、以前には感じた事のない不穏な感情状態に陥ることになる。
たくさんの薬を飲んでいる方は、それを減らすことができれば、それだけで状態は軽くなるのですよ、とお伝えしたいのです。どうか実際、時間をかけて減らせるように、強く祈ります。しかしだからといって、一気に断薬、というのも乱暴なのです。向精神薬の離脱症状というのは薬によってはたいへんなものですから、大変苦しい状態になることも珍しくありません。減薬は、ゆっくりと、適切にしていただきたい。しかし私の見聞きする例では実に大胆に薬をバッサリやめてしまう指導や、突然切り替えてしまう処方もあります。らくになるどころではありません。
減薬指導が適切にできる心療内科医が増えますように。祈るのです。
精神疾患の患者さんは増えています。生活史、生育史や職場の人間関係、過酷な労働の状況などによってじわじわと追い込まれて心が悲鳴を上げてしまうのが現代です。そんなクライアントさんの問題は、薬だけでは解決できません。薬は症状を抑えてはくれますが、もとをただしてはくれないのです。そこにある状況にもとのままの行動パターンや考え方のままで、また日常の活動を再開してしまうと、また同じ苦しさに戻ってしまうことになるでしょう。薬は症状を小さくできますが、その「もと」になっている事象をやっつけないと、そのうち、身体は薬に対する耐性を身につけてしまうことになります。同量では効き目がなくなり、多く処方される薬はそれだけでも心身にダメージを与えます。どうか、薬の助けを借りて、少し考える余裕をもらえたら、その状況の中で「どうしたらいいんだろう。なにが私を苦しめたのだろう。」と一緒に公認心理師と考える時間をもっていただきたいのです。薬で脳内の神経伝達物質を補うことを右手で。左手では、今、ここにいる私の生活をみつめる対話の時間を。
長年治らないのは私の精神疾患が重いのだ、と思い込んで、ほんとのことに気づけない患者さんがおそらくたくさんいます。そのことを指摘するこの書は過激なものに映るかもしれません。しかし、私は正しく指摘する書き手がここにいる、と感じました。
どうか、どうか、と祈ります。