見出し画像

ショートショート 「逢瀬の縁にて」

金曜深夜というべきか、土曜未明というべきか、草木も眠る午前2時。
疲れ切った身体をベッドに横たえたまま、俺は煙草に火をつけた。

「こうなりそうな気がしてたんだよね」
「ん…」
「してた?」
「あ、俺? う、うん。そう…だね。してたよ。正直言うと」
「飲みに行こうって誘ってくれたの、アレいつだっけ?」
「アレは、たしか、先週の月…曜? いや、火曜だったかな…。いや月曜だ」
「電話貰った次の日にさぁ…」
「うん」
「下着買いに行ったんだ」
「うん…」
「もうそういうつもりだったんだよ、私」
「あぁ。電話した時には…ってこと?」
「ううん。もっと前から。もっと、ずーっとずっと前から」
「そっか…」
「レンは?」
「お、お、俺もだよ」
「俺もだよ、って、ずっと前からこうなりたいって思ってたってこと?」
「うん」
「ウソつけ」
「ホントだって」
「じゃあ吃るな」
「俺、吃った?」
「吃ったよ。お、お、って。アハハ…。いや、いいのよ。無理に合わせなくても」
「そういうつもりは…」
「ごめんごめん。イジメるつもりはなかったんだ」
「お手柔らかにお願いします」
「アハハ。笑わせないでよ」
「参ったなぁ...」
「フフ。…で、どうする?」
「どうする、って?」
「これからよ。これからどうするの?」
「…」
「黙るな」
「お手柔らかにお願いします…」
「アハハ! 誰になにをお願いしてんのよ?」
「今のはヘンだね」
「ヘンだよ。…で?」
「で? …ああ、これからのことね。えーっと、まあ、これからは…」
「これからは?」
「成り行きに任せるということで…」
「成り行き?」
「うん」
「それでいいの?」
「うん…」
「まあ…そうだね。うん。私もそれでいいと思う。お互い事情があるからね」
「うん。事情がね…」
「いけないね、私たち」
「…だね」
「バチが当たるかな?」
「どうだろ」
「ねえ…」
「なに?」
「もう一回しよ?」
「え」
「イヤ?」
「イ、イヤじゃないよ、嬉しいよ。でもさ、もう時間も時間だし…」
「時間って、明日休みなんでしょ?」
「うん、あ、いや、そういうことじゃなくて、近所迷惑になるんじゃないかと…」
「アハハハ!」
「笑いごとじゃないって。こんな時間にさっきみたいな声出したら、近所の人がびっくりして目を覚ましちゃうよ」
「たまにはびっくりさせてやんないと」
「あはは」
「ってかさぁ、ここ201だし。端っこだし」
「端っこって言ったって、こっちには部屋あるじゃん」
「202?」
「うん」
「202には誰も住んでないよ。もう半年近く空室なんだよね」
「へぇ。そうなんだ…」

俺はまだ半分以上残っている煙草を灰皿の縁で揉み消し、新しいものに火をつけた。
煙を深々と吸う。
ふーっと吐く。
そして、誰にも届かない小さな声で呟いた。

「202は空室じゃねーぞ! 俺が住んでんだよ! 今日から、この俺が…」

夜はまだ明けそうになかった。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集