4点杖では支えられないこと
いとこのおじさんはパーキンソン病だ。
今日はいとこのおじさんの家に行ってきた。
幸いにも同じ市内に住まいがあり、自転車で行けるくらい近い距離に住んでいるのでいつでも様子を見に行ける。
おばさんと同居していてマンション住まい。世間でいう、いわゆる老老介護。
ぼくが介護の仕事をし始めた理由のひとつに、身内のサポートをすることが目的にある。ここぞとばかりに様子を見に行ったわけだ。
おじさんは今日ちょうど、新しい福祉用具の説明を受けるとのことだった。室内で転倒することが多くなり、業者から部屋の中で使える4点杖の提案を受けるとのこと。それで「ちょうどいいから来てくれない?」とおばさんに言われて同席することになった。
4点杖。4点杖を使わなくてはいけないほど、歩行状態が悪いのか。
おじさん、おばさんにとっては4点杖が希望の光に思えるかもしれない。けれど、ぼくにとっては4点杖が暗闇へと誘う入り口にも見える。おじさんが何も支えがなく歩けることはもう、難しい。
福祉用具の業者さんが来る前に、おじさんの家に行った。
マンションの築年数は古い。エントランスの入り口の階段はバリアフリーになっておらず、お手製の板が斜めに立てかけてあった。危ないな、と思った。
エレベーターで上がり降りると、ドアの前に無造作に置かれたシルバーカーが見えた。ここだ。ここだ。ピンポンを押す。開かれたドアの裏には、突っ込んである新聞と何本もの杖が刺さっている。
癖なのだろう、ぼくは手すりの位置を探していた。玄関から覗くだけでも天地に突っ張ったポールや、動線にあたるであろう腰の高さ、いたるところに手すりが後付けされている。なんだか、おばさんの介護への意識を垣間見た。
同時に、これだけ手すりがあって転ぶのか。
これだけ支えがあってなお、新しい杖がいるのか。
ぼくは深いため息を飲み込んで、ぎこちない笑顔でリビングに座った。
しばらくして福祉用具の業者さんが、真新しい杖を何種類か持って訪問しに来た。同席しているあいだは、ぼくは素性を隠し黙って話を聞いていた。
ここで口を挟むほど、おじさん、おばさんの生活を知らないから。
おじさんは杖の説明そっちのけで、新しい杖の高さをイジりパタパタ歩く。支持面積が狭く付け根の部分が可動する杖に興味津々の様子。
中度に差し掛かるパーキンソンで集中力がない。説明そっちのけでというよりも、説明が100パーセント理解できないのだろう。
杖の使い方が下手だ。かなり下手だ。そりゃ転ぶ。
その後も業者さんから他の福祉用具を提案されるも、部屋は介護用品に溢れている。寄付した方がいいくらい溢れている。
ふと、ぼくはなんのために同席しているのだろうと思った。ただの好奇心か野次馬根性か。
結局、4点杖を試しに使うことになり商談は終わった。
ぼくも業者の後を追うように、おいとました。
「こんど行きたいところあるから連れてってくれ。農園に行きたい」
帰り際玄関の前で、おじさんが少年のように声をかけてきた。
「いやいや、息子近くに住んでるから息子に頼みなよ」
おじさんは少し苦い顔をしてうつむく。何か理由があるのだな。
手にした4点杖は体を支えるだけで、気持ちまでは支えてはくれない。
ぼくが今日、同席した意味があったのかもしれない。