『僕は悪者。』 16
一六
翌日も俺は当たり前のように登校した。そうだと言うのに大山は休んでいた。
「おい、お前放課後東江公園に来いよ。逃げんなよ。」鈴木が朝一番で俺のところへ来てそう言ったきり、俺はいつもの安定した誰からも無視された存在になった。
俺は鈴木を三回頭の中で殺した。おそらく大山やその仲間たちに俺はリンチされようとしているのだろう。いいだろう。あんだけ怖い目に合わせておいてまだ俺がどれだけの悪者なのか知らないらしい。
ガソリンやらナイフやらをついに使う時がきた。
俺の気持ちは高ぶった。今日の放課後東江公園で全て終わる。
相手は何人だろうか。まさか正々堂々としたタイマンではないだろう。俺は携行缶からゆっくりとガソリンをまく暇はないかもしれない。なるべく小分けにして、手早くまこう。火炎瓶のようなものの作り方も調べておいたらいいかもしれない。
それでも相手が近づいてきたらナイフで応戦しよう。相手もひょっとすると金属バッドやナイフを持っているかもしれない。そしたらあまり多くは殺せない。だが、相打ちでも一人は殺せるだろう。
俺は何度も頭の中でイメージを膨らませた。
だが、予定はいつもあまりにも予想外の方向から変わってしまうものだ。
担任の豚ゴミが入ってくる。俺は何か嫌な予感がした。また怒られるとかそう言うことではない。豚ゴミがなんだかものすごく憂鬱そうに見えたからだ。
まさか片桐美梨が死んだのだろうか?それとも大山が?いや、大山が死んだとしたら俺は今頃警察に捕まっているだろう。だとすると片桐美梨か。俺の心は冷たい舌にいやらしく舐められた時のように怯えた。
「えーと、お前ら。今日は伝えなきゃならないことがある。最近来てなかったが、田口のことだ。」豚ゴミは言葉を区切った。ものすごく言いづらそうだった。
「えっと。田口がだな、昨日の夜に亡くなった。」教室の中が静かにざわついた。
「仲の良かった人もいると思うが、通夜は親族だけで執り行うそうだ。あと、鈴木と持田はこのあと俺と一緒に来るように。」
田口。なんだと。田口だと?田口が死んだ。死んだのか。病死か?事故か?ありえない。まず間違いなく自殺だ。
いじめを苦にして死んだのだ。だから鈴木と持田が呼ばれたのだろう。あの時現場にいた他の奴は他のクラスだ。そいつらも今頃呼び出されているのかもしれない。ということは田口は遺書のようなものを書いているのかもしれない。
だとすると呼んだのは豚ゴミではなく警察かもしれない。
俺は豚ゴミがホームルームを終えて出て行くとスマートフォンのニュースアプリを開いた。
だが、いくら探しても出てこない。検索をかけてみてもそれらしきニュースは出てこない。まあ、昨日死にたてほやほやなのだからマスコミに報道されるようなことがあってもそれはまだ先なのかもしれない。
まじか。田口が死んだか。
あいつはいじめられてから来なくなるまでも早かった、だがまさか死ぬとは。死ぬとは思わなかった。
さては家でも居場所がなくなったのだろう。不登校に風当たりが冷たい親はどこにだっている。きっと田口の家もそうだったのだろう。
ああ、田口。お前は哀れな人生を送ったものだ。媚びへつらってヘラヘラすることでなんとか保って来たクラスカーストのちょうど真ん中らへんの地位を、大山に目をつけられたせいで失って、そして不登校になり自殺する。
シェイクスピアが描いたどんな悲劇よりも悲劇だろう。
ああ、哀れだ哀れだ田口。
だが、死ぬのならどうせなら大山たちをもっと早く殺してから死んでくれればよかったのに。
そうすれば俺と片桐美梨との平和な日々は続いたと言うのに。
いや、死んだ人間を悪く言うのはよそう。
田口そうか。死んだのか。
その日の学校は昨日の俺の行動もあるし、田口の死もあってものすごく暗かった。おそらくその中で一番ウキウキしていたのは俺だろう。
いや、田口の死を悲しまないわけではなかった。同情する気持ちがないわけでもない。だが、俺からすれば田口は俺のことをずっと無視していた。俺からみたら田口も加害者なのだ。
これから学校はどうなるのだろうか警察の調査が入るのだろうか?教育委員会が役に立たないこの学校の豚ゴミを捨ててくれるのだろうか。
いや、そうはならないだろう。俺もバカじゃない。いじめで死んだ愚か者どものことはニュースで見るたびにしっかりと調べた。
そのほとんどが学校は非を認めていない。教育委員会もいじめを認定しない。
どいつもこいつもクソ野郎すぎる。人が死んだのだ。万引きがどうのとかとはワケが違う。高校生が、あるいは中学生が人が死んだのだ。
いじめていた側はそいつらを殺したのだ。その形がどうであれそれはれっきとした殺人だ。
殺人者どもだ。そして殺人者どもを野放しにしておきながらいじめがないという学校もまた殺人者だ。
教育機関と言っておきながら長いものに巻かれるだけの殺人者を大量に生産する工場。それが学校だ。
あまりにも愚か。あまりにもくだらない。あまりにもクソなやつらどもの集まり。ゲリグソはどんなに集まってもゲリグソにしかならない。
はらわたが煮え繰り返りそうだ。全員ぶち殺して、ぶち殺して、ぶち殺してもまだ足りないだろう。
ああ、田口。お前はなぜ自分で自分を殺した。お前は悪くない。被害者じゃないか。
くそう。くそう。くそう。無念だ。田口お前は自分のことを悪者だと思って死んだかもしれない。なんてたって大山に死刑が執行されていたからな。自分がいけなかったのだと。自分が持田に話しかけたのがいけなかったのだと。いじめられたのは自分がいけなかったからだと思ったかもしれない。
だが、ひょっとすると、田口お前のおかげでこの学校は少しでも変われるかもしれない。大山や鈴木や持田やその他の多くの黙殺して来た同級生たちが裁かれることがあるかもしれない。だから俺はワクワクしながら学校の授業を受け、今日という日を過ごすことができる。
しばらくして戻って来た鈴木は見るからにげっそりとしていた。
ありがとう田口。
(つづく)