僕悪2

『僕は悪者。』⑨

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   九
「ねえ、イジメられてるんでしょ。私そんなの気にしないから。」
俺は目をパチクリさせた。あまりにもそれは唐突な出来事だった。
青天の霹靂だった。藪から出た蛇だった。
俺は恐ろしくなった。突然に俺の心の一番奥底の柔らかい場所を生ぬるい手で撫でられたようだった。なんと答えればいいのか。俺にはわからなかった。
日頃でさえ著しく人間と会話することは少ない。
母親や父親と会話することもあまりない。そうだというのに俺はもうこの日すでに片桐美梨という、可愛い転校生と一度会話をしている。
それだけで俺の錆びついた脳みそは容量いっぱいになっていた。そうだというのにこんなにもストレートな問いかけをされ、俺の脳が何かうまい返答をできるわけがない。
「うん。」と言えばいいのだろうか。そしたら俺は俺がいじめられていることを認めることになる。
「いいや。」と言えば俺は再び彼女に対して嘘をつくことになる。
俺はどう答えていいかわからず、ただ彼女の綺麗な顔を見つめた。
「答えなくていいよ。認めることは辛いことだから。私もこの学校いつまで持つかわからないし。そしたら定時制に行こうと思ってるんだ。」彼女は俺の心を読んだかのように話した。
「えっと、どういうこと?」俺は聞いた。彼女は俺に答えているというよりも自分自身に話している風でもあった。どことなく不思議ちゃんの雰囲気を彼女は纏っていることに気がついた。
「前の学校でいじめられていたの。でも、親の転勤もあってちょうどそこからは逃げることができた。だけど私、合わないんだ。普通の学校。親も納得してくれてはいるから、いつでもまた合わなくなったら定時制の学校に変えていいって言われてる。」
「そう、なんだ。」俺は頷いた。だが、彼女の言っていることがよくわからなかった。
彼女は今、自分がイジメられていたということを告白したというのか?そんなバカな。ありえない。イジメられる側がそれを告白することはなかなか高いハードルだ。それはつまり自分自身がカーストの最底辺にいて匪賊だと認めているようなものだからだ。
社会の中にはいじめを脱した後に告白する輩もいる。彼女は前の学校から脱したから、こうやって告白できているというのだろうか?俺にとってはあまりにも不思議だった。
たとえ自分の頭の中で自分は劣等感まみれのカースト最下位の匪賊だと認識していても、それを実際に口に出すのと思うのとでは重みが違う。
しかも、新しく来てリフレッシュした学校でもそんなことを言ってしまったら前と同じようにいじめが始める可能性はかなり高い。
そうだというのに彼女は自分がいじめられていたと告白した。
ナゼ。そんなことをしたのか。
彼女は親が理解してくれていて、いつか定時制の高校に行くかもしれないと言った。
そうなのか?そういうことなのか?だからこんなに余裕を持った態度を取ることができるのか?でも、以前の高校でつけられたトラウマはないのか?
わからなかった。俺にはわからないことだらけだった。
本来ならゆっくりとこの片桐美梨という女を観察したい。だが、そんなことはできない。なぜなら席が真横だからだ。しかも田口の時とは違い、彼女は俺に話しかけてくる。チラチラと見たら気持ち悪いやつだと嫌われてしまうかもしれない。
くそう。くそう。どうしたらいいんだ。
そうこうしている間に六時間目の授業が始まってくれた。
こんな時は古典という全く役に立たない知識を教える全く存在価値のない豚ゴミにも感謝した。
しかも古典の豚ゴミは生徒に当てたりしないで淡々と授業を進めるタイプだったから、俺は考え事に集中することができる。
だが、授業中の一時間、彼女との会話を思い返してみても、なぜ彼女がそんなことを話したのか理解できなかった。
それ以上に俺にとっては彼女自体が謎だった。そして、俺はなぜこんなに彼女のことを考えてしまうのか。それも謎だった。

(つづく)

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