さくっと小噺「毒を盛る」

作:月詠 黎

 人間は他の動物に比べて毒というものに対して強いようで、ネギ類アボガドだのを口にする。更には嗜好品として煙草やら酒やらを娯しむ。全く変わった生物だ。
 たしか手垢のついた話に、妻が夫の食事に少しずつ毒を盛って長期間を経て殺すというのがあったはずだ。
 そこで僕は考えた。自分に毒を盛ってみたらどうなるだろうか。
 別に希死念慮がある訳では無いが、人生50年、いや100年の今ならとてつもなく長い時間があるのだから、ちょっとした楽しみとして悪くは無いのかもしれない。

「江藤さんはいつまでもお元気そうですね」
 ご近所の中村のお嬢さんから散歩中に声をかけられる。
「ええ、お陰様で。新しいもの好きが功を奏しているのかもしれません」
 実際当時の自分が考えた暇つぶしは我ながら斬新なものだと思っている。
「それでもそろそろ、また新しいことを考えねばなりませんなぁ」
 40年たった今でも続けているのだが、これといって成果はない。
「私も江藤さんを見習わなくてはいけませんね」
 少しシワの増えた中村のお嬢さんが、さらに顔の真ん中にシワを増やして微笑んでその場を去っていった。
 階段の昇りは息が短くなる。これが老いか、などと思いながら足を止めて振り返ると、夕日の朱が強くなった。
 ああ。あの時の僕はこれを思ってのことだったのだなと妙に悟る。少しずつ毒を盛っていればいつ死んでも毒のせいにできる。毎日の夕日だって最期の景色になる。きっと目に焼き付けようと美しくなる。
 それならば、明日の毒はもう少し量を増やそう。もう身体に抗体が出来ていようとも。

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